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2005年11月16日

英国旅行初日:いざロンドンへ

早朝、普段なら熟睡している時間に家を出発。
最寄り駅前から成田空港行きのバスに乗る。
我が家から成田空港へはいろいろな行き方があるが、
乗り換え一切無しで空港横付けしてもらえるので最近はもっぱら直行バスだ。

少し眠って空港へ到着。
愛するヴァージンアトランティック航空は第一ターミナル。
日系航空会社をふくめてメジャーな会社はすべて手前の第二ターミナルで降りる。
第一ターミナルまで乗っていたのは私だけだった。
最後に降りる乗客として、運転手さんに礼を言っておりる。

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2005年11月17日

英国旅行二日目:Bathへ

朝食はやはりピタブレッドとタラモディップ。おいしい。
朝8時過ぎに家を出発。地下鉄を乗り継いで目指すはPaddington駅。
気温は低く、道路に駐車してあるすべての車の窓に霜がおりている。

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2005年11月18日

英国旅行三日目:Bath二日目

朝起床。旅行中なので規則正しく寝て起きる。

昨日のバーがレストランに様変わりし、
そこでイングリッシュ・フル・ブレックファストを食べる。
トーストにミルクティー。フレッシュジュース。
目玉焼き、ソーセージ、ベーコン、マッシュルーム、焼きトマト、
そしてベイクド・ビーンズ。イギリス人はこの煮豆が大好き。
私も倣って、トーストに乗せて食べる。まさにビーンズ・オン・トースト。
満腹、満足。

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2005年11月19日

英国旅行四日目:スーパーマーケット

昨日の疲れもなんのその、朝8時に起きる。
朝食はやはりピタブレッドとタラモディップ。

タラモディップは正式名称をタラモサラタといい、
ピタもふくめてギリシャの食べ物だ。
英国では大豆ディップのホモスと共にとてもメジャーになっており、
どこのスーパーでも買うことができる。
ちなみに、タラモの材料はタラコ。なんだか日本を思い出す味だ。

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2005年11月20日

英国旅行五日目:墓場とBrixton

今日は朝から美術館巡りをするぜ、
と気合いをいれたのもつかの間。
コンタクトレンズを洗面所で流すという大失態をしでかす。

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2005年11月21日

英国旅行六日目(その1):コンタクトレンズ

朝から外出。両目とも裸眼なので世界はぼやけている。
このままではいけない。そう、今夜は観劇の予定があるのだ。

母の家の近所のメガネ屋に行く。
ハードレンズは取り寄せになると言われる。
その横にあった安そうなメガネ屋でも同じことを言われる。

仕方がないので街のもっと大きなメガネ屋に行くことにした。
VictoriaのBoots(全英に展開しているドラッグストア)で聞いてみる。
やはりハードレンズの扱いは無く、Oxford Streetの大きい店舗に行けと言われる。

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英国旅行六日目(その2):ムンクとCovent Garden

さて、視力を回復した後は、いよいよギャラリー巡り。
王立芸術院(Royal Academy of Arts)で開催中のムンクの自画像を特集した展覧会に向かう。
この建物の中に入るのは初めてのような気がした。
入学できただけでかなりの栄誉と言われる王立芸術院。建物は荘厳だ。

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英国旅行六日目(その3):The Phantom of the Opera

さて、満腹になったところで散歩がてら本日最後の目的地へ。
そこはHer Majesty's Theatre。
そう、ミュージカル『The Phantom of the Opera』が上演されている劇場だ。

1986年にここで初演されて以来、20年近くロングラン上演が続けられている。
日本では劇団四季による『オペラ座の怪人』として有名になり、
今年初頭に映画も公開されたが、オリジナルはここなのだ。

当時妻であったサラ・ブライトマンのために、作曲家ロイド・ウェバーが作ったミュージカル。
『CATS』の成功により、二人の人気と実力と才能が絶頂であった頃。
その舞台の演出は奇跡とも言えるもので、10年経った今でも色あせない。
もちろん、少しずつ変更されていってはいるのだが、基本の演出は同じである。

幸運にも私はこの舞台を何度か見ている。
以下、舞台に関するネタバレを少々含むので、気にする方は読まないでください。

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2005年11月22日

英国旅行七日目:V&Aとビアズリー

『The Phantom of the Opera』の甘美な余韻に浸りつつ、
今日の午前中はなぜかロンドンでも仕事の続き。
とはいえ、英国で仕事を受注したわけでもなく、日本から持って行った分である。

午後はV&A、つまりヴィクトリア&アルバート美術館へ。
デザインと工芸にまつわる全てがあるといっても過言ではない、大好きな場所だ。

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2005年11月23日

英国旅行八日目:ビアズリーの続きと『ダ・ヴィンチ・コード』

さて、今日は朝からV&Aへ。もちろん昨日の続き。
昨日よりも某部屋のセキュリティは厳しくなっており、
手持ちの荷物を全てクロークに預けて来いと言われる。
昨日と同じカバンなんだけどな。
しかし、貴重な美術品が盗難されても困るので素直に従う。

昨日で勝手がわかったので、サクサクと閲覧希望用紙に書き込む。
恐らくは8箱ぐらいお願いしたのではなかろうか。

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2005年11月24日

英国旅行最終日:帰国

九日間の英国旅行最終日、すなわち今日は帰国する日。
以前の記憶だと夕方出発のイメージがあったのだが、
飛行機は13時離陸。
つまり2時間前の11時には空港に到着せねばならない。

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2007年1月31日

英国旅行初日:機内では眠りっぱなし

 「次にロンドン行くなら、花が咲いてる季節がいいな」
 私は確かにそう言ったはずなのに、なぜかまたしても真冬の季節のロンドン行。しかも、今回は観光ゼロ。持っていくものはMacBookやらデジカメやらUSBメモリやらMovableTypeのタグ本やら。
 そう、今回の旅の目的は母のblogを作ることなのです。各所から「そんなの直接行かなくてもメールとかで教えたらいいじゃん」と言われたものの、メカ音痴の齢57歳の母には手取り足取り教えねば理解してもらえない。
 「飛行機代、出すから」というわけで、急遽ロンドン行きが決まったのは去年の12月だった。例によって、このblogもしばらく旅日記となる。


 そういうわけで昨夜より徹夜のまま出発。かなり眠い。どうせ、空港までのリムジンバスの中で眠れるしと思っていたら、車中は寒くて辛かった。コートを体に巻き付けても寒く、ほとんど仮眠できないまま、ヘロヘロで成田空港に到着。

 空港では早速チェックイン。毎回、オンラインでチェックインしておこうと思いつつ、直前まで忘れている。帰国便では忘れないようにしよう。ちなみに預ける荷物の中に潜ませた妙なみやげもの……自然署、小さい箒、大量のスリッパは特にとがめられずセキュリティを突破。自然薯は厳密には植物検疫にひっかかるのかなあ?
 軽く食事をして、手荷物検査と税関を通過。免税店には興味がないのでそのままゲートへ。バイオリンケースを枕に眠っている白人がおり、面白かったのでこっそり撮影してみた。

 ほどなくして搭乗時間となる。睡魔に負けそうなので、早く自分の座席に座りたい。今日の座席は窓側の56A。翼に視界を遮られない眺めのいい席だが、一刻も早く睡眠をとりたい私には意味をなさず。離陸の瞬間はおぼろげに覚えているものの、30分ほど経過して目覚めたときには、隣席の女性はいなくなっていた。彼女の手荷物も無くなっていたので、空いている座席に移動したのだろう。今日のフライトは満席ではなかったようだ。これで、二人掛けの座席を12時間独り占めできることが確定。しめしめ。

 相変わらずヴァージンの機内食は美味。食事をしたり、無理矢理横になってまどろんだり、読みかけの「窯変・源氏物語(賢木)」を読んだり。機内映画は「プラダを着た悪魔」と「ダ・ヴィンチ・コード」を鑑賞。前者はファッション関係の編集部の様子を知っているので楽しめた(web媒体だけどね)。後者は想像通りに退屈なもので、サー・イアン・マッケランの英国紳士ぶりのみを楽しんだ。ほかにも「X-MEN3」や「スーパーマン」があったが、いずれもKとDVDで見たいのでぐっと我慢。

 やたらと寝ていたせいか、フライトは短時間に思えた。近年稀に見るスムーズな着陸。機長、お上手。
 入国審査も難なく終了。やっぱりポイントは笑顔で「ハロー」だってば。それだけで入国審査官の表情も一変して、去り際に「Have a good holidays!」なんて声をかけてもらる。

 出迎えに来てくれた母と合流。Brixtonを経由して家へ。夕飯は母謹製のロールキャベツ。子供の頃からの大好物。つもる話もしたいところだったが、おみやげを渡したところで睡魔に負ける。明日は朝から働かねば。

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2007年2月 1日

英国旅行二日目:早速仕事

 朝8時に起床。寝ている間に母の愛猫が私にちょっかいをかけていたらしいが、まったく気づかなかった。猫の名前はJazz、若く見積もっても13歳ぐらいのはずだがいまだに自分の尻尾を追いかけて遊ぶ愉快なやつだ。

 朝食は恒例のピタとタラモディップ(詳細は一昨年の旅日記参照のこと)。さっさと食事を済ませて早速作業にとりかかる。

 昨日書き忘れていたのだが、ネット接続するまでが大変だった。
 現在、この家の住人は3人。母、母の夫(私の父にあらず)、母の夫の息子であるジョナサン。母夫婦はパソコン関係にうといので、ネットの接続関係はジョナサンがすべて管理している。
 ジョナサンは推定38歳で独身、衛星放送会社に勤務している映像SE(?)で、なんだかよくわからないが複数のPCを連携させれ3Dレンダリングをするのが趣味らしい。若干頭部が寂しいのは父親譲り。彼の勤務シフトは深夜で、毎晩20時になると出勤していく。
 「心配性」のジョナサンによって組まれた家庭内無線LANはセキュリティもガチガチだ。回線名を隠しておくのは当然のこと、接続後4時間ごとに自動切断してIPアドレスを変更している。ルーターに有線接続してもパスワードを要求する厳密さ。
 その、あまりにも強固なセキュリティは、システム管理者の侵入すら拒むほどに完成されていた。つまり、ジョナサンは自分で設定したパスワードを忘れてしまっていたのだ。
 慌てるジョナサンは、懸命にあらゆるパスワードを試し、半ばムキになって各種設定をいじりたおしている。私もMacの表示を英語モードに切り替え、横で指示に従ってIPアドレスだのサブネットマスクだのDNSサーバーだのを入力していく。
 「策士、策に溺れる」という言葉が脳内にこだましつつ、ようやくネット接続に成功。作業開始後、2時間が経過していた。

 さて、そんなわけで無線LANも開通、快適。気になっていた日本のお客様たちからのメールもおおむね問題なく、出国前にがんばった甲斐もあるというもの。気兼ねなく居間と一続きになった母のアトリエで作業を進める。母用のレンタルサーバーの手続きをしたり、ドメインの割当をしたり、デザインの方針を紙に描いて説明したり。やることはたくさん。

 昼食をはさみつつ、午後も引き続き母にもろもろレクチャー。なんだか年中こうして両親にパソコンを教えている気もするなあ。ちなみに昼食は白米とみそ汁でした。

 夜は全員でベトナム料理を食べに出かけた。フォーやら生春巻やら美味。ベトナム人が経営している店で、客層も圧倒的に在英ベトナム人が多い。
 舌鼓を打っていると、あやしげな女性が我々のテーブルに近づいてきた。
「映画のDVDいらない?MI3もパイレーツ・オブ・カリビアンもあるよ」
 見ると違法コピーとおぼしきDVDを手元に山盛り持っている。ちゃんと印刷された紙ジャケットに入った本格的なものだ。君子危うきに近寄らず、「No thank you」とお引き取り願う。

 帰宅して入浴。巡回違法DVD屋に遭遇したからというわけではないが、就寝前のお楽しみは母と二人でDVD鑑賞。TVの方式が違うので私が持参した日本のDVDは表示できない。MacBookをベッドに持ち込んで、お茶など飲みつつまったりと。モノは「マルコヴィッチの穴」。公開時、劇場に見に行ったんだっけな。ひさびさに見ると再発見する箇所もあって興味深し。

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2007年2月 2日

英国旅行三日目:朝から晩まで盛りだくさん

 今日も朝8時に起床。猫は来なかった模様。
 昨日の続きの作業をしようかとMacに向かったところ、税理士だかがやってくるので家を出ることになった。10〜12時の間に来るらしく、いそいそと着替えて母と外出。

 近所のインド人の雑貨屋にて、トラベルカードを購入。トラベルカードは市内すべての交通機関(バス、地下鉄、電車)が乗り放題になるチケットで、期間や有効ゾーンによっていろいろな種類がある。よほどでないかぎりトラベルカードを使った方がお得なので、旅行者だけでなく市民も毎日使っているチケットだ。今日買ったのはゾーンは1から4、期間は一日のもの。ロンドン市内は交通局によって中心部をゾーン1として中心部から離れるにつれてゾーン2、ゾーン3と6つのゾーンに分けられている。母の家はゾーン4にあるので、必然的に1〜4が有効なトラベルカードを買うことになる。

 当て所なく出かけて向かった先はLondon Bridgeの近くにあるBorough Market。以前は古びた青果市場だったらしいが、近年は観光地となって活気あふれるすてきな場所だ。「ハリーポッターとアズカバンの囚人」で“Leakey Cauldron(日本語訳:漏れ鍋)”のロケ地でもある。
 中に入ると青果だけでなく、肉、魚、パン、お菓子などの食料品を売る店が所狭しと並んでいる。店といってもどれも立派な屋台といった感じで、道にはみださんばかりのディスプレイが楽しい。
 キノコ専門店やチーズ専門店なども珍しいのだが、肉屋が一番印象的だった。ショーケースを覗くと牛豚鶏だけでなく、ラムやマトンの脚が並んおり、よく見ると捌かれたウサギ肉もツヤツヤと光沢を放っている。軒先にぶら下がるのは頭を落とした羽根つき七面鳥だけでなく、頭部と臓物が切り落とされ、毛皮がついたままの鹿もあった。なるほど、肉食文化の国だなと納得。兎も鹿も食べたことがないので、機会があれば挑戦したいものだ。

 さて、朝ご飯を食べる余裕もなかったので、ブランチを取るべくOxford Streetに移動。毎度おなじみのクレープ屋を目指す。ここはフランス人が経営しているクレープ屋で、過去に何回か訪れたことがある。味は絶品。
 私はモツァレラとベーコンとクリームチーズ入り、母はパルメザンとアスパラガス入りを選択。いずれも正方形にたたまれたクレープ生地に具材がたっぷりと詰められ、上からルッコラがトッピングされている。
 店内BGMがマイケル・ジャクソンだったことを除けば、とても満足いくブランチだった。マイケル、嫌いじゃないんだけどね。クレープには合わないよな。

 続いてCD屋へ向かう。チェコのクエイ兄弟のDVDセットが英国で発売されていると聞いていたので、それを探すべくHMVとヴァージンメガストアへ。店頭で見つけられなかったのでスタッフに聞いて調べてもらう。“Brothers Quey”の発音がなかなか通じず少し手間取ったのも空しく、残念ながら在庫無し。こりゃ、UKアマゾンで買うしかないね。
 別途欲しかったArcade FireのCDのみ購入。

 ぼちぼち3時でお茶の時間かなと思ったところ、母が突然言を発した。
「あ、今日は友達が来るからそろそろ戻りましょう」
 母の友人でデンマーク人の老婦人が孫を連れて遊びに来るんだそうな。慌てて帰路につく我々母子。
 帰宅後ほどなくして老婦人と孫の少年がやってきた。賢い少年は10歳だというのに、地球の環境問題などに興味を示している。
 「僕はテムズ川が干上がることを心配している」
 周囲の大人はテムズの氾濫こそ可能性を感じていたものの、まさか干上がるとは思っておらず驚嘆する。
 その他、老婦人とはラテン語語源の名前や、日本語について少々アカデミックな話題で盛り上がる。私の名前の由来を問われ「存在する、Existという意味だ」と答えると興味深げに喜んでくれた。なんだか私も得意げになり、哲学的な名前をつけてくれた両親に感謝する。

 老婦人と孫の帰宅後、少し休憩してから夕食。今日は母の夫とその息子による家庭料理で、メニューは私の希望によりラムの脚の丸焼きである。これにミントソースをつけて食べるのだ。英語学校の先生たちも垂涎の典型的なイギリス料理のひとつだ。瞬く間に平らげてしまい、満腹で苦しくなる。

 充実した一日だったのでさっさと寝床へ。就寝前のDVD鑑賞は映画版「オペラ座の怪人」だったが、
最後まで見ることができず“ドン・ファンの勝利”のあたりで沈没。

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2007年2月 3日

英国旅行四日目:オタクはどこでもオタク

 起きたら7時。昨日盛りだくさんだったにもかかわらず、なんだか早起き。
 昨日は作業ができなかったので、今日は集中して母の作業を進める。母用のサーバーが手配できたのでMovableTypeをインストールしたり。デザイン案に使う素材を用意したり。

 母の夫はメカ音痴のくせに買い物好きで、すぐにいろいろと新しいものを導入したがる。買ったものの、使い方がよくわからないまま壊したりして、家中に放置されている多数のガジェット。そんななかから家庭用スキャナを発見したので使えるように調整してみた。
 母によれば、このスキャナは夫氏が初めてパソコンを買ったときに同時購入したものの、一度も使われたことはないという。USB対応機だったので接続はOK、あとはドライバがあれば動くはず。というわけで、製造元のキャノンのサイトで該当ドライバを探す。英国で買ったスキャナだが、おそらくは日本語のドライバがあるんじゃないかな。果たしてその予想は的中して、無事にドライバのインストールも成功。
 母に使い方をレクチャーしたところ、一生懸命メモを取っていた。我が母ながら、がんばってて偉い。よほど嬉しかったらしく、夫氏に「スキャナ使えるようになったんだもんね」と自慢していた。

 本日の昼食はご飯とみそ汁。みそ汁の具は私のリクエストにより、マッシュルームとほうれん草。日本では割高な生マッシュルームも、こちらでは安価で日常的な野菜。キノコという意味ではシメジやエノキと違わないので、案外とおいしく仕上がるのだ。
 母は、私がおみやげに持ってきた辛子明太子を喜んで食べていた。途中、夫氏がつまみ食いしようとしてきたので必死で阻止する母。
「だって、価値のわからない人にあげたくないもの」
 ロンドンでも明太子はジャパンセンターで購入可能だが、一腹の半分で7ポンド(約1700円)と高価なくせに冷凍というお粗末さ。そりゃ、日本で買ってきた明太子の価値は高いわけだ。私が持ってきた合計2腹の明太子を、数日に分けて大事に食べる母。

 午後はMovableTypeの使い方や、画像のアップの仕方をレクチャー。blogにおけるカテゴリやエントリについては既に教えてあるので、「これで好きなようにいろいろ作れるのね」と喜んでいる。母の喜びに貢献できて嬉しい。

 そんなこんなで夕方。母は夕飯の支度にとりかかった。私は作業の続きでもしようかとMacを起動するも、なぜかネットが不通となる。困ったときはシステム管理者に聞くのが一番、半地下にあるジョナサンの部屋をノックする。
 「ネットがつながらなくなっちゃったんだけど」と相談すると、なにやらルーターの設定をいじっていたという返事。Skypeが使えなくなったから調整してたらしい。
 無事にネットがつながり、それではお部屋をおいとましようかなと思っていたのだが、いつの間にかジョナサンの趣味である3DCGの画面を見せられる羽目になっていた。
 彼が使っているのはCINEMA 4Dという高級ソフト。オプション類もフルセット揃えているようで、総額50万近くはするんじゃなかろうか。机の上には大きな液晶モニタが二台、デュアルモニタとなって鎮座している。そこで見せられたものは、毛皮に包まれたモンスターズインクのような生き物が追いかけっこをしているムービー。
「あんなことや、こんなこともできる。ほら、このオプションを設定するとこの光源が……」
 突いてはいけないツボを突いてしまったようで、嬉々として繰り広げられるジョナサンのデモは1時間も続いただろうか。や、気持ちはわかるんだけどさ。
 話題を変えようと、「友人で3D使ってゲーム作ってる人がいるよ」とクリムゾンルームを見せてみる。ジョナサンはクリムゾンルームを知らなかったようだが、結果的に火に油を注いでしまうことになった。
「こういう、アウトラインのついた3DCGは簡単にできる」
と、なぜか対抗心を燃やしていろいろと似たようなシェーディングのCGをレンダリングしはじめる。さらには「もっとリアルなのもあるよ」とサムスンの携帯のモデリングデータを展開。いや!だから!そろそろ飽きたんだけど!
 そんな心の声を素直に言えないのが私の奥ゆかしさ。母が夕飯だと呼んでくれなければ、一晩中続きそうな勢いだった。
 就寝前、母にそれを言ったところ、「ジョナサンはオタクなんだから、親切に話聞いてあげなくていいの」と一蹴される。先に教えてよー。

 気を取り直して、昨夜途中で終わってしまったDVDの続きを鑑賞。モノは「オペラ座の怪人」。やはりクリスティーヌ役のエミー・ロッサムはいつも口をポカンと開けていてアホの子みたいです。

 ※写真は母の家の寝室および外観。

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2007年2月 4日

英国旅行五日目:太陽のサーカス

 本日は朝8時に起床。
 朝食後、近所のニューススタンドにお使いに行く。買うのは午後から使うトラベルカード、それとおみやげ用の日曜版の新聞。
 英国人にとって日曜の新聞は重要で、昼前から午後にかけて、ゆったりと紅茶を飲みながら熟読する。新聞社もそれを見越してか、日曜には異様に分厚い日曜版を発行する。日本の正月の新聞を想像してもらうとわかりやすい。あんな感じに文化欄やスポーツ欄がまるごと別紙になっている。近年はそれに輪をかけて映画がまるまる一本入ってるDVDだの、記事と連動したCD-ROMだの、最新曲が入った音楽CDだの、なんだかマルチメディアな付録がついている。
 で、そんな読み応えたっぷりの新聞は、在日英国人のSteve校長にとって喜ばしいおみやげとなるという具合だ。いつもお世話になっている英語学校のスタッフで回し読みするだろうしね。

 日中は引き続き、blog制作作業。かなり母も慣れてきた模様でなにより。夕方から出かけねばならないので、今日はあまり作業できず。

 夕方、作業を一旦終了させて外出の準備。ちょっとだけおめかし。
 電車を乗り換えつつ、High Street Kensingtonへ。このあたりはいわゆる裕福なエリアで、高級店が連なるハイ・ストリート以外にもたくさんの見所がある。ビクトリア&アルバート美術館、自然史博物館などの文化施設、さらにはケンジントン宮殿を擁する王立ケンジントン公園もある(この宮殿はかつてダイアナ妃の居城だったことで有名)。

 ひとまずお腹も空いてきたので適当なイタリアン・レストランに入った。店内は壁一面に植物の模様が描かれ、極彩色のオウムが放し飼いになっていた。とはいえトロピカルな雰囲気でもなく、むしろパリを思わせるシックな印象で居心地がよかった。
 肝心の料理は2コースのディナーセットにした。野菜とモツァレラのスープ、トマトとハーブの平打ちパスタ。白ワインも飲んでみたり。いずれも美味也。
 雰囲気も味もよく、その割には手頃な値段で満足した母と私。

 さて、食事のためにケンジントンまで来たわけではなく、目指すはロイヤル・アルバート・ホール。お目当ての演目は「アレグリア」。日本でも人気のシルク・ド・ソレイユだ。
 ロイヤル・アルバート・ホールといえば130年の歴史を誇り、収容人員7000人の巨大な由緒ある劇場。映画「ブラス!」で主人公たちが目指したのもこのホールだ。少しニュアンスは異なるが、日本で言えば武道館に近いかもしれない。
 かたやシルク・ド・ソレイユは説明無用のカナダのサーカス団。日本公演ではTV局がタイアップして大々的に宣伝しているので、名前を知らない人は少ないだろう。いわゆる“サーカス”とはことなり、曲芸をアート・パフォーマンスとして総合芸術として上演している集団だ。ちなみに「アレグリア」はその演目名。日々の作業に憩いを、というわけで母がチケットを手配してくれて、観劇(鑑賞?)のはこびとなった。

 「アレグリア」だけでなく、シルク・ド・ソレイユも初めて見る私。どんなものかとわくわくする。巨大なロイヤル・アルバート・ホール、5階の立ち見席まで観客がびっしり埋まっている。我々の席は4階席だというので心配していたが、思っていたよりも見やすくていい席だった。日本の劇場では三階席ぐらいまでしか経験がないので、舞台までの垂直距離にしばし戦く。

 肝心の舞台だが、さすがは天下のシルク・ド・ソレイユ。太陽のサーカス。なにかにつけて衣装や演出(特に照明)が美しくて粋だ。
 たとえば羽を背負って現れる全身レオタードの妖精ひとつとっても、けして文字から想像されるステレオタイプなそれではない。両肩から腕の先まで伸びた羽の形は優雅で軽やかにふくらんでいたり、黒と銀を基調としてスパンコールがちりばめられたレオタードは幻想的な流線模様であったり、「○○のような」とは形容しにくい個性的で芸術性の高いものだ。
 そんな魅力的な衣装を身にまとい、オリンピック選手並みのアクロバットが優雅に繰り広げられる。まるで体重など感じさせない典雅な跳躍と着地、指先まで行き届いた繊細な演技、男性の躍動する筋肉と技、そして、それらの中に漂う哀愁。歌手、曲芸師、役者、音楽家、道化など、それぞれに特化した役柄を高レベルなパフォーマンスでこなす出演者たち。
 だらだら書いていてもキリがないのだが、確かにこれはすばらしいものだと思った。死ぬまでに一度ぐらいは見ておいて損はないでしょう。ただし、日本でもロンドンでもチケットは高額なのが躊躇の一因だ。
 そうそう、シルク・ド・ソレイユも言語に依存しないパフォーマンスで、そのせいか観客はイギリス人以外の旅行者が多かった。やはり、無言語もしくは英語だなといろいろ感慨深く思う。

 すてきなものを見たので晴れ晴れと帰宅。さっさと就寝。

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2007年2月 5日

英国旅行六日目:シメはFish & Chips

 朝8時に起床。明日は帰国してしまうので、実質今日が最終日。

 母のblogはデザインも完成、あとは更新の仕方などに慣れるだけだ。手取り足取り手伝えるのも今日一日しかないので、朝から気合いを入れておさらいに取り組む母。
 ここ数日で彼女はかなりのスキルを身につけた。コピー&ペーストは言うに及ばず、スキャナによる画像の取り込み、デジカメからの写真の吸い出し、取り込んだ画像の縮小やトリミング。ついでに日本のamazon.co.jpの使い方。おさらいは昼食を挟んで夕方まで続いた。

 夕飯は英国らしくフィッシュ&チップスをみんな(私、母、母の夫、ジョナサン)で食べにいくことに。母たちが行きつけの“Sea Cow”というフィッシュ&チップス専門店。数年前にできた新しい店で、こじんまりとしているが仕入れる魚が新鮮なので人気がある。
 それぞれに好みの魚を注文。私は定番のCod Fish、つまりタラを選択。オプションでマッシュピー(豆を湯がいてつぶしたもの)と、サラダを取った。揚げたてのタラとポテトのフライに、レモンとモルトビネガーをたっぷりふりかけて食べる。この、モルトビネガーが風味があって実においしい。日本でも売ってるのかな? メインディッシュにモルトビネガーが使われているので、サラダのドレッシングはバルサミコだ。うーん、酸っぱいものが大好きなのでたまらなく嬉しい。
 母の夫は愛猫のために魚の皮を持って帰りたいと言っていた。何をか言わんや、魚の皮はクリスピーでカリカリしておいしいので、猫にやるなんてもったいない。もちろん自分の分の食事は残らずたいらげる。「有は猫好きだと自分で言ってたのに!」と、夫氏がふざけて私をなじる。

 食後、ジョナサンは夜勤の仕事へ。残った三人は車を降りずにスーパーマーケットへ。
 英国中に展開しているSainsbury'sというスーパーで、さほど高級な店でもないがオリジナル商品の質が高いので気に入っている。買ったのは私が飲むトマトジュース、Kへのおみやげのピタブレッドとタラモサラタディップ。トマトジュースはリットル単位で安く売っているのが嬉しい。特にblogには書いていないが、滞在中に毎日1リットルは飲んでいる。

 21時頃帰宅。明日は朝早くに出発するので、夜のうちに荷物のパッキングを行うことにした。
 今回は本当になにも買い物をしなかったので荷物が軽い。自分のために買ったものといえばCD1枚で、服も本もなにも買わなかった。なんせ街にも二回しか出かけなかったし。「お金がかからなくていいわ」と言う母は、少し淋しそう。まあ、たまにはこんな英国旅行もいいだろう。

 blogを書きつつ、0時頃就寝。

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2007年2月 6日

英国旅行最終日(前編):それでは帰国

 起床は朝6時半。いつもどおりにパンとタラモサラタディップで朝ご飯を済ませ、パッキングを完了させる。来るときもそうだったけど、帰りも全然実感が無いなあ。

 最後にメールチェックをして8時に家を出発。結局、滞在中は特に仕事がトラブることもなく、いい感じ。通勤ラッシュの街を母の夫氏の運転する車でBrixtonまで。いわゆるいつものコース。Brixtonで夫氏とはさようなら。毎回「もっと長くいろ」と言われるが、そうもいかなくてね。
 Brixtonからは地下鉄を乗り継いで空港に向かう。途中、METROという無料配布新聞をもらい、車中で読む。無料なので広告だらけかと思いきや、けっこう読むところがたくさんあって面白い。

 10時過ぎ、Heathrow空港に到着。チェックインカウンターは長蛇の列だったが、その横の「DIY Check IN」のブースががら空きだったのでそっちを選ぶ。機械にパスポートを突っ込み、タッチパネルの指示に従ってさっさとチェックイン完了。大きい荷物を預け終わるまで、10分もかからない。前回同様に大きい荷物のX線検査が無かったのは不安だが、深く考えないことにする。ほんと、爆弾でも仕込んでたらどうするんだか。
 すべきことは終わり、時間まで母とお茶。13ヶ月前にはスターバックスだったはずの店が、今はベーグルスタンドになっている。ロンドンでもベーグルは流行している模様。まあ、スタバも相変わらずのさばっているのだが。
 くだらないことを話しつつ、気づけばそろそろゲートに入った方がいい時間。さらに淋しげな表情の母と、笑顔で別れの挨拶。今年は日本に来ないそうなので、次に会うのは来年かな?

 少しだけ厳重な手荷物検査の後、出国審査……のはずが、特に呼び止められることもなくそのまま素通り。係官が怪しげだとにらんだ乗客のみ呼び止められている。もしかするとアメリカ便の乗客なのかも。子供がはいていたスニーカーがX線検査にかけられていたのが印象的だった。

 ゲートナンバーが表示されるまではヒマなので、免税店を冷やかすが、特に買いたいものも無く。あ、Steve用の新聞買わなきゃ、というわけで今日発行のインディペンデント紙と機内用のミネラルウォーターを購入。

 そんなこんなでゲートが表示。指示に従って34番ゲートへ向かう。待ち合いスペースの乗客数を見ると、来たときよりも機内は空いていると見た。しめしめ、これで帰りも横になって眠れるぜ。エコノミークラスの座席は肘掛けを上げられるので、一人で複数の座席を占領できる場合はビジネスクラスよりも快適な気がする(ちなみにヴァージンアトランティック航空では、ビジネスクラスではなくプレミアム・エコノミー、ファーストクラスではなくアッパークラスと呼ぶ)。

 果たして機内はガラガラだったが、隣席のヤンエグ風の中国人男性は離陸後いつまで経っても席を移動してくれず。こんな空いてる機内で12時間も並んで座っていられないので、さっさと私が移動した。本来は通路側の人が移動するのが自然だぜ、兄ちゃん。
 いずれにせよ、帰りも2座席分を一人で占有できて快適也。まどろみながら、帰路につく。

 ※写真はHeathrow空港にあったHSBCの広告、価値観について。ついでに機内食も。

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2007年2月 7日

英国旅行最終日(後編):成田に到着

 結局、機内では映画を一本だけ鑑賞。アメリカ映画の「Running With Scissors」。なにげにキャストが豪華。ジョセフ・ファインズが出てたとは最後まで気づかなかった。
 オーガステン・バロウズという作家の自伝小説が原作。アル中の父と芸術家で精神病の母に放り出され、主人公の少年は怪しげな精神科医のもとに預けられるというお話。悲惨かつコミカルで面白かった。70年代ファッションも楽しめてよい。

 本当は二本目も見ようとしたのが、飛行機が予定より1時間も早く成田空港に到着したので半分まで見たところで泣く泣く終了。タイトルは「Prestige」。こちらも豪華キャストで、デヴィッド・ボウイ先生もご出演なさっている。かっこいい!→http://www.imdb.com/gallery/ss/0482571/234.jpg.html
日本でもいずれ公開されるんだろうけど、続きが激しく気になる!

 着陸数十分前、日本列島が見えてきた頃、初老の白人男性が一緒にいた友達にはしゃいで話しかけていた。
「こないだは、マウント・フジが見えたんだ」
「今日は晴れてるから、見えるかな?」
「マウント・フジは日本で一番大きな山だから、見えるよ」
「初めての日本で、いきなりマウント・フジが見えたら僕はラッキーだな」
 この白人男性、日本人スチュワーデスには日本語で話しかけてるし、食事も日本食ばかりを選んでいた。食後のお茶はもちろんジャパニーズ・グリーン・ティー。最後の名残を惜しんでミルクティーを飲んでいる私とは真逆である。
 私はまどろんでいたので彼らが“マウント・フジ”を発見できたかどうかは確認できず。願わくば、あのおじさんたちが「ほら!マウント・フジだ!」と歓声を発せられてるといいな。

 無事に成田空港に着陸。入国審査、税関もさっさと通過。カートに荷物を乗せようとしたら、今度は若い小太りの白人男性にぶつかりそうになった。
「sorry」とにっこり謝る私。
「ダイジョーブー?」と笑顔を返す眼鏡の男の子。
なんだか面白い。

 さて、本来ならバスで帰宅したいところだが、ちょうどいい便がなく、ひさびさに成田エクスプレスに乗ることにした。
 バスなら最寄り駅まで直行なので楽なのだが、N'EXだと乗り換えが必要だ。大きな荷物を抱えて駅構内を移動したくないので「空港宅配」を利用する。関東圏なら今日の夕方〜夜に配達してくれる。1,800円で手ぶらになれるのなら、無駄な出費ではない。
 平日の午前中のせいか、N'EX車内はガラガラ。手荷物にしていたトートバッグだけを持って、うたた寝しながら2時間を過ごす。

 乗り換えて最寄り駅に付く頃、Kに電話。合流してうどん屋で昼食。帰宅して熟睡。

2007年4月 5日

出張初日

 早朝というか未明に起床する。サクサクと仕事を片付け、荷造りを仕上げる。デジカメの充電、Mac関係、書類関係、いろいろと大丈夫で良い感じ。

 10時頃に家を出るが、ボストンバッグは放置したまま。代わりに背負ったのはバイオリンケースだった。

 11時、成城学園前の師匠(32歳/女性/新婚)の家に到着。実に半年ぶりのレッスンをしてもらう。「あんまりブランク感じませんねー」と社交辞令だか本気だかわからない言葉をいただき、ついでに次回の発表会の楽譜もいただき、なんだかプレッシャーを感じてみたり。

 13時、とある駅でKと合流し、バイオリンケースとボストンバッグを交換する。ついでに軽く昼食も食べる。

 14時半、羽田空港に到着する。さっさとチェックインを済ませ、ゲートで読書しながら搭乗時間を待つ。

 15時45分、定刻に飛行機が離陸した。ひさしぶりに通路が一本しかない小型の飛行機に乗って戸惑う。早起きしたせいもあり、ぐっすりと昼寝した。

 17時、千歳空港に着陸した。定刻よりも早い到着で、しめしめと荷物を担いで空港を後にする。JRで札幌駅へ向かう。窓から眺める札幌は、まったくといっていいほど雪が無かった。北国らしいガラス張りの二重玄関は、外側に鍵がかかるのか気になった(大雪の中、手袋で鍵を開けるの大変かなって思って)。
 前回の出張時もそうだったけど、この快速エアポートに乗っていると松任谷由実の「3-Dのクリスマスカード」を思い出す。

 18時、札幌駅に到着。そのままタクシーでお食事の予定地へ。

 20時、今までの人生で最高においしい海の幸を堪能し、ふくれたお腹と荷物を抱えてホテルにチェックインした。しかし、荷物を置いただけで、すぐさま再度外出する。

 20時半、混み行った場所にある、もうすぐ閉店してしまうというお店へ。すぐに、柏木の息子が登場。半年ぶりの再会だが、まったくそんな気がしない。せっかくだったから、もう少し深い話もしたかったよね。

 25時、酔っぱらった人たちは朝までやっているというエスニック料理屋へ。微妙に酒乱な人をなだめつつ、柏木の息子とだらだら語りあう。酔った人の理不尽なツッコミに、柏木の息子は冷静に対応していた。

 26時、ホテルの前でみなさんとお別れ。柏木の息子が、酔った人を連れて帰ったのかどうかは不明。
 ホテルの自室でメールチェックをしたところ、案の定、対応せねばならない作業が発生していた。一時間ばかり作業をし、メールを書きまくってから就寝する。

2007年4月 6日

出張二日目

 8時半に起床する。昨夜は後半アルコールを飲んでいなかったので爽快だ。しかし、知らない場所での一人寝は慣れないせいか、少し眠気もあった。ホテルの朝食サービスでは野菜をモリモリ食べる。

 10時、ホテルをチェックアウトする。とりあえず荷物が邪魔なので、コインロッカーに入れたい。そうなると目指すは札幌駅で、朝の札幌駅前通りを散歩がてら歩いてみた。

 道中、元フリーター国会議員の街頭演説を目にしたり、仕事帰りと思われる若いホストに付きまとわれたりしつつ、あっさりと札幌駅に到着する。
 コインロッカーにボストンバッグを放り込み、札幌駅の観光センターのようなところを見学してみる。次の用事は昼過ぎなので、簡単な観光でもしてみようかと情報収集にやってきたのだ。あぁ、北海道といえば函館の五稜郭もあるのよね、と新撰組好きのKを思い出してみるが、函館に行くような時間は当然無い。

 残り時間とミュールを履いていることから、超近場の観光にしようと考え、徒歩数分の北海道大学へ行ってみることにした。
 さすがは観光地にもなっている大学だけあって、入り口でキャンパスマップをもらえた。広大なキャンパス内には残雪もあり、高くそびえる樹木が美しい。大学のキャンパスに入るのは何年ぶりだろうと考えながら、自分の学生時代を思い出した。
 お約束のクラーク像の写真を撮ってみたり、クラーク食堂という名前の学食でクラークプリンを食べてみたり、学生向けのさまざまな掲示物を見ながら、学生気分を味わう。そうそう、さすが理工系の学科がある大学で、学内を白衣で移動する学生たちを目にした。私にとって「白衣=染織専攻の学生」なので、実験器具を持った姿は新鮮だった。
 そうこうするうちに時間になったので札幌駅に戻る。

 13時少し前、待ち合わせ場所である某社近所のカフェに到着する。ほどなくしてT師が登場、合流して某社へ。なんとも恐れ多い方にご紹介いただく。

 すべてをお見通しの桐壺院のようなその方は、想像していたよりも大柄で、まっすぐな背筋が印象的な紳士だった。以前からたくさんの逸話をお伺いしているが、なるほどこの方ならばと納得できる大人物で、当然ながら私は緊張した。また、この方の某氏への愛情が、寡黙に発せられる言葉の中にひっそりと織り込まれているようだった。

 14時、某社をお暇する。軽く昼食を食べ、今夜の宿の手配をする。緊張がほぐれたせいか、その時点で激しい睡魔に襲われる。
「すいません。あまりにも眠いので、宿で昼寝させてください」
「では、後で迎えに来るよ」
 というわけで、T師にお引き取りいただき、しばし宿で惰眠を貪る。

 18時過ぎ、マナーモードの携帯が怒り狂っているのに気付いて目覚める。一瞬どこにいるのかわからなかったが、すぐに札幌なのだと思い出す。
「ホテルの前にいるんで、いい加減にそろそろ降りて来てくれよ」
 今夜は取引先でもあるMr.デンプシーと会食の予定があったのだった。待ち合わせ時間が目前に迫るなか、私はどうも寝すぎてしまったようだ。化粧を直す余裕もなく、慌ててエレベーターに飛び乗った。

 18時半というよりも19時前、Mr.と合流。軽く打ち合わせをした後、一同が目指すはあれです。ジンギースカーン!

 19時、T師ご推薦のジンギスカン屋へ。T師やMr.の旧知であるO氏とT氏も合流してくださった。人生初のジンギスカン、おいしゅうございました。

 20時、二次会へ。22時、三次会へ。
 三次会の会場はなんとMr.のご自宅である。
 ばーさーしー!かいばーしらー!あぶりトバー!たらばー!トマトー!葉ワサビー!鬼おろしー! というわけで、Mr.の華麗なる手から繰り出される美味な食べ物の数々に、私の胃袋は大喜びだった。酒も肴も食い散らかす一同。まるで学生の家飲みのようで楽しい。出てくる酒も肴も学生には無理な高級品ばかりだけどね。

 25時、べろんべろんの一同はようやくMr.の御宅から引き上げた。私も宿に戻り、ほっこりとシャワーを浴びる。特に仕事のメールも来ておらず、疲れもあってか読書していたら数ページも読まないうちに眠ってしまった。

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2007年4月 7日

出張三日目

 9時に起床する。連日の飲み会のせいか、昨夜も熟睡したようだ。当然ながら、この時間、ホテルの朝食はとっくに終っている。だらだらと荷物をまとめる。

 10時、ホテルをチェックアウトする。Mr.とお約束していたので電話をかけ、再度御宅にお邪魔させていただくことに。

 一夜明けたMr.のお宅は昨夜の阿鼻叫喚の跡形もなく、整然と片付いていた。
「イナガキさん、今回の札幌ではカニ食べてないでしょう」
 と、おっしゃるMr.が取り出してくださったのは立派な毛蟹! ささっと解体され、対面キッチンカウンターをはさんで、二人で毛蟹を食べ尽くした。あぁ、おいしい。なんて幸せなのかしら。
 小一時間以上はお邪魔してしまっただろうか。札幌の新(?)キャラ「マリモッコリ」や「時計大臣」、「TVとうさん」について教えていただく。
 優しいMr.は、地下鉄の駅まで見送ってくださった。お礼をお伝えして地下鉄に乗る。

 さて、目指したのは今回のメインイベントその2である(その1は昨日のやんごとないお方との邂逅)。地下鉄とバスを乗り継ぎ、ついに到着してしまった。今までは部分でしか知らなかった“場所”が、目の前にある。そして、ついに憧れの方にもお会いできた。
 詳細は省くけれど、主たる目的は仕事の打ち合わせなのである。完璧ではないながらも、私の全力でお手伝いさせてもらえるのはとても光栄だ。
 皆さんは優しく歓待してくださり、夢のような時間はあっという間に過ぎ去った。とても緊張したけれど、とても楽しく嬉しい時間だった。そして、ある意味では今回の旅で一番のお目当てだったモノを頂戴する(写真を公開して自慢しようと思ったが、私だけの宝物なのでやめておく)。
 今までもがんばってはいたのだけれど、これからはもっともっとがんばっちゃうもんね、とやる気がみなぎった。

 そして、気付けば帰宅の刻限となる。小雨が降り始めた札幌を後に、夜の羽田へ。毎時間が充実し、たくさんの人と会えて、有意義すぎるほどに有意義な出張だった。お会いした皆さんに感謝して、コーディネートしてくださった方に感謝して、幸せな気分で東京に戻ってきた。帰宅後、興奮しながらKに一部始終を報告したのは言うまでもない。また行きたいな、行けるといいな。

 追記:またしても「つぼ鯛」を食べ忘れてしまったことに、今頃気付く。

2007年6月26日

北海道での弔事:一日目

 なんだかんだと余裕をカマしていたら、結局徹夜になってしまった。ダラダラと旅の支度をする。MacBookに現在進行中の案件のデータをコピーしたり、すべてのPCメールが携帯に転送されるように設定したり。本当に、このMacBookのおかげで気楽に旅行にいけるようになった。

 11時、羽田空港に到着。母親と合流してチェックイン。空港で買ったお弁当を食べながら、搭乗ロビーで母子の会話をしてみる。
 なんだか母の荷物が軽装だなと思いきや、どうやらパリでトランジットの際にスーツケースが行方不明になったらしい。いわゆるlost luggageというやつである。見つかり次第、北海道に送ってもらう予定だが着替えなどが無くて困りそうだ。
「いいわよ、死んだ母ちゃんの服や下着を借りればいいのよ」
 まあね、私もロンドンで母の靴下借りたりしてるしね。

 飛行機が離陸、そして千歳に着陸。いつもの札幌出張なら快速エアポートで札幌市内に出るのだが、今回の行き先は銀山。函館本線で小樽から6駅先にある(ところで、北海道人には一般的に“銀山”と言って通じるものだろうか? “余市”では通じるみたいだけど、“仁木”や“銀山”だと『それどこ?』と言われそうだ)。
 小樽まではスムーズに行けるのだが、その先は1時間に1本しか汽車が出ていない。つい口癖で「電車」と言ってしまうが、すかさず母に「汽車」と訂正されてしまう。結局、小樽で1時間ちょっと時間を潰すことになった。駅前の団子屋で団子を食べたり、母が書店で本を大量に買い込んだり。
 小樽からの“汽車”はワンマンカーなので、アナウンスは録音されたものだった。通常のアナウンスに加えて英語のアナウンスが流れるのが不思議な感じ。どうやらニセコ周辺がオーストラリア人に人気らしく、その関係で英語アナウンスもあるらしい。

 銀山駅には夕方に到着。丘の上に建っている小さな無人駅、ホームは当然野ざらしで駅舎も小さい。母と二人で駅を降りて、坂道を下る。
 目の前には山に囲まれた丘陵地帯が広がり、野の花が色とりどりに咲き乱れている。クローバーの群生を見るのなんて、何年ぶりだろうか。
 駅を出て数分もしないうちに、喪服を着た人に声をかけられる。幼い頃から母を知っている村人だ。

「遠いところをよく帰ってきたね、突然でびっくりしたでしょう」
「これ、娘なのよ」
「あらまぁ! なんてあなたの若い頃にそっくり」

 銀山に滞在している間、私はずっとあらゆる人に母と間違われることになる。母の美醜はさておき、さすがに20歳以上離れた母娘に対して「姉妹かと思ったよ!」というのはお世辞が過ぎていると思うけどね。

 何人かの村人に遭遇しながら、数分で母の実家に到着した。私がここに来るのは20年ぶりか、25年ぶりか。荷物をほどくのももどかしく、喪服に着替えて神殿(と呼ばれる場所)へ向かった。
 母の実家は仏教ではないので、いわゆる神式(のような形式)で葬儀の一切が執り行われる。今日おこなわれるのは通夜ではなく「みたまうつし」。束帯を着た祭主と衣冠の祭員たちが雅楽の奏楽と共に神殿に入場し祭詞を読み上げ、列席者は玉串を捧げる。なんだかんだと1時間程で終了。祖父の人柄もあってか参列者は200人以上に及び、神殿には入りきらず、急遽別室にTVモニターを設置して中継するほどであった。

 私はといえば。正座でしびれる脚をよそに、神殿(と呼ばれる場所)の造作や、祭主・祭員の装束など、平安時代の様式と同じだなとおぼろげに考えていた。御簾で仕切られた祭壇と神殿は母屋と庇の関係だし、そこから障子で仕切られた外周の廊下は簀子のようなものだ。身近な場所にそういうものがあったとは、灯台下暗し。今後、源氏物語を読み進めるにあたって、イメージ作りに役立つ事だろう。

 儀式が終った後、仏式なら徹夜で線香を点しつつ文字通り「通夜」となるのだが、神式では特にそういったことはない。しかし、「通夜ぶるまい」が行われるのは同様。喪家の孫娘として、祭主・祭員の皆さんにお酌をしに行かされたのは、いかにも日本的・田舎的だと思った。まあ、孫一同が行かないと祖父が相手する羽目になるので、それはそれで祖父孝行なんだけどね。

 なんだかんだと終ったのが23時頃。メールチェックをしたかったが、銀山の山々に阻まれて携帯は見事に圏外になっていた。母の実家と隣接した母の従弟の家でLANを借りようかと思ったが、残念ながら従弟宅はダイヤルアップ接続のみ。電話回線はあるので、モデム内蔵のPCを持って来ていたらネットに繋げられるのだが、MacBookにはそんなものは付いていない。これは諦めるしかないと1時頃に就寝。

2007年6月27日

北海道での弔事:二日目

 もろもろあって5:30に起床。昨夜は遠方の親族など15人ほどが神殿(のような場所)に宿泊したため寝具をレンタルしており、その返却時間が7時だったのでこのような時間に起床となった。配達されてきた仕出しの朝食は非常においしく、母は紅鮭に故郷の味を見いだして喜んでいた。

 朝食が終わった時点で8時。葬儀は10時からなので少し時間がある。いまだ寝ぼけ眼の私は、こっそりと二階の祖父と祖母の部屋へ行き、仮眠をとった。
 いまやアラームとしてしか機能していない携帯電話のアラームで目覚め、喪服に着替えて化粧をする。母の荷物は相変わらず行方不明なので、私の化粧道具を貸す。
「なんかいっぱいアイシャドウに色あるから、よくわかんないわ」
「じゃあ、私が塗ったげるよ」
 母のまぶたを引っ張りながら、アイシャドウやチークを塗ってやる。56歳には見えない母だが、やはり皮膚のたるみは年齢相応だなあと思う。いつまでも母は若くはないと、時間の経過を感じた。

 10時、葬儀の開始。段取りは昨夜のものとほぼ同一。儀式中、参列者は脚の悪い高齢者を覗き、基本的に座布団に正座である。続々と脚を崩す従姉妹・従兄弟や伯母たちを尻目に、私と母だけが正座を維持できたのは少し誇らしかった。

 11時半、出棺。神殿から火葬場までは小樽の伯父夫婦の車に乗せてもらう。道中で、伯父の幼い頃の話を聞く。寡黙な仏頂面で根っからの商売人の伯父。私はこの伯父が苦手だったのだが、少年時代の苦労話を聞いて伯父の人間的な側面を知ることとなった。

 火葬場に到着。火葬が終るまでは弁当などを食べて待つことになる。ひさしぶりに全員が勢揃いした青山の従兄弟・従姉妹と、気楽な会話に興じる。
 気付けば、携帯の電波状況が回復していた。やはり銀山では山で遮られていたようだ。約24時間分のメールが続々と受信されるも、特に緊急を要する内容も無かったので安堵した。
 さきほどの従兄弟・従姉妹たちと、ワンカップ大関を使った恐ろしいゲームが始まろうとした瞬間に、火葬が終了した旨を告げられた。ふざけた空気が一瞬で引き締まる。

 親族は遺骨を拾わねばならない。だが、母は炉のある部屋の前で立ちつくしてしまった。母は、棺が炉に入る瞬間も見届けられなかったのだ。涙をにじませた母は弱々しく言う。
「母さん、こういうリアルなのはだめなんだ」
「じゃあ、私が母さんの分も拾ってくるよ」
「そうしてちょうだい、あんたが代わりならおばあちゃんも許してくれるわ」
 亡くなった祖母と私の母は直接の血縁関係にはない。だが、過ごした時間は長かったので、母はショックを受けていた。母の悲しみの涙を見るのはひさしぶりだった。20年前、母の離婚が成立して家を出て行ったとき以来かもしれない。それに引き換え、父はなにかとよく涙を流していた。小学生の私を叱りながら流される父の涙が一番印象に残っている。

 閑話休題、ここ数年、私の周辺で親族の葬儀が立て続けに行われている。伯父、父方の祖母、義父、そしてこのたびの母方の祖母。それらすべてで遺骨を拾っている私は、遺骨への感覚が麻痺しているのかもしれない。率先して大きな骨を選び、母の分とばかりに量も多めに拾った。
 拾骨は地方は宗教・宗派や地方でやり方が異なる。仏式ではおおむね木と竹でできた素材違いの箸を使い、二人の人間が同じ遺骨を拾っていた。いわゆる箸渡しとして、通常の食事時などには禁じられている行為だ。今回は白木の箸で一人ずつ拾う。拾った骨は懐紙に乗せて、直接白木の木箱に納めた。
 頭蓋骨を最後にするように火葬場職員に言われたが、これが一般的なのか骨壺を使う仏式特有のものなのかはわからない。喉仏のみ小さな骨壺にわける風習は仏式特有だと思われる。

 拾骨終了後、一同は神殿に戻って近親者のみで十日祭を行う。仏式でいう初七日法要に相当する儀式で、本来は十日後に行うものだが繰り上げて営まれた。
 十日祭が終わり、葬儀に関する一連の儀式が終った。祭主・祭員や遠方の親族は帰り支度をして去って行く。皆が引き上げた後、私は神殿にある葬儀用祭壇の分解や掃除を手伝った。ちょうど、母の無くなった荷物が出て来たと航空会社から連絡も入り、いろいろな緊張感がほぐれていく。母のスーツケースは、明日には銀山に届くようだ。

 夕方、何十年も付き合いのある近所のH家から夕食の招待を受けた。祖父、母、真駒内の伯母、祖母の妹たち、私でお邪魔する。H家には母の幼なじみの三姉妹と弟がおり、家族同然に迎えてくれた。山間部だというのに、生きた甘エビ、イカの刺身、アンコウのキモ、アラ汁といった海の幸が出て来たり、大きな肉厚の椎茸や新鮮なアスパラなど北の大地ならではの山の幸を堪能した。デザートはご当地のサクランボ。そうか、私が少女時代にサクランボ好きだったのは、余市のサクランボの影響だったんだ。

 大いに盛り上がった後、祖父の家へ帰宅。母のたっての願いにより、真駒内の伯母も宿泊してくれることになった。母、私、真駒内の伯母の順で川の字に布団を敷いた。
 真駒内の伯母と私の母はなんと18歳も年齢が離れている。そのせいもあって、姉妹というよりはまるで母娘のような関係の二人だ。そうなると私と真駒内の伯母も、伯母と姪というよりも、祖母と孫のような雰囲気になる。
 女三人で誰ともなく思い出話が始まる。私はもっぱら聞き役なのだが、今回死んだ祖母の話、何十年も前に祖父と死別した実の祖母の話、母と伯母の少女時代の話。ややこしい家系なのだが、聞いてみるとなかなかに興味深い。
 話し疲れるまで話し込んで、そのまま就寝。

2007年9月27日

今週前半と先週と先々週のわたくし。

 激しく放置されているblogだが、老後に読み返して楽しむための行動記録なので、そんなブランクには負けずに埋めてみよう。

続きを読む "今週前半と先週と先々週のわたくし。" »

2008年4月13日

奈良のわたくし

 4/11〜13まで、故郷である奈良に帰省してきた。考えてみると帰省するのは4〜5年ぶりではなかろうか。父も母も各々勝手に東京にやってくるので、なかなか私から故郷に帰る機会が無かったのだ。
 今回のテーマは「ご無沙汰している旧友に会う」、これである。

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4/11
 昼過ぎに東京を出発して、夕方には奈良県は天理市の実家に到着する。一ヶ月ぶりに会った父に挨拶しつつ、荷物をコンパクトにまとめて素早く実家を出発する。
 JRに乗って数駅、20分ほどで目的地に到着した。駅で待っているとすぐに大きな四駆がやってくる。運転席に懐かしい顔が見える。

「ひーさーしーぶーりー!!!」

 親友Tとの10年ぶりの再会である。なにもかも変わらないお互いに喜び合った。
 Tは中1〜高1まで同じクラスだった。家が近所だったこともあり、高校時代は毎晩のように彼女の部屋で遅くまでおしゃべりしていたものだ。それこそ、お互いの親も配偶者も知らない、あんなことやこんなことを深く語り合った仲である。
 高校卒業後、専門学校に通っていた彼女が先に就職したことや、私が京都に下宿したこともあって、なんとなく疎遠になったまま10年が過ぎていた。
 まるで高校時代がそのまま続いているようにクスクス笑いながら近況を話し合えるのは嬉しいことだった。Tの夫君は仕事の関係で帰ってこないと聞いていたので、あらかじめ泊めてもらう準備をしてきた。Tの手によるごちそうをいただきながら、女二人で夜通し10年分の話をする。

4/12
 朝からTに朝ご飯を作ってもらう。やはりだらだらと話をしつつも、そろそろ帰らねばと昼前にはおいとました。
 「せっかくやから、家まで送ってったる」とのありがたい申し出により、私の実家まで車を出してもらった。車で30分の道のりも、やっぱりいろんな話題で盛り上がる。

 昼に帰宅。在宅していた父を外に呼び出して、父とTも10年ぶりの再会。父もTのことはよく知っている。Tとはそこでお別れ、今度は10年以内に会いたいものだ。

 父と昼食を食べた後、今度は私一人で外出する。JRで15分、バスで10分。目指すは奈良公園、東大寺である。
 東大寺、大仏殿、二月堂、四月堂、興福寺、国宝館、五重塔、南円堂、たくさんの鹿、修学旅行生、外国人観光客......。