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(2005年 イギリス R-15)監督:ローレンス・ダンモア
一昨年のイギリス旅行の最中、ロンドンからバースに向かう汽車の中で新聞の文化欄を眺めていた私は、ある写真に釘付けになった。そこにはボリュームのある真っ黒い巻き毛のカツラと中世のゴージャスな衣装を身につけたジョン・マルコヴィッチの姿があった。
一緒にいた母はマルコヴィッチの写真を指差して「私この人嫌いよ。だって頭が良さそうで怖いから」と一蹴した。ところが"ジョンマル"ファンの私はそうはいかない。なにこれ、なにこれ、どうしてマルコヴィッチがこんな個人的にツボな格好してるのさ。食い入るように記事を読む。
私がマルコヴィッチを好きになったのは『仮面の男』からだ。彼はその中で高潔な元三銃士のアトスを演じていた。個人的に好きなバロックの衣装に身を包み、ノーブルなルックスと佇まいで髪をかきあげる彼に一目惚れした。彼は少し声が高いにも関わらず......。私は男性の声は低い方が好きなのだ。そのマルコヴィッチが、また中世の衣装で映画に出る。喜ばずにいられようか。主役はジョニー・デップらしいがそんなことは二の次、これは日本で公開されたら見ねば。
それから帰国して2年後、『リバティーン』が近所の映画館でついに公開された。あのジョニー・デップ主演なのに、2週間しか上映されないらしい。これはよほど癖のある映画とみた。ハリウッドではなくイギリス映画というところも影響しているだろう。いそいそと喜こんで映画館へ行く私、予想通りに客は少ない。
主人公は若きロチェスター伯ジョン・ウィルモット。エロティックで皮肉で風刺にあふれた作品を書いた天才詩人で、アルコールと梅毒が原因で33歳の若さで死去。この実在した放蕩貴族ロチェスターをジョニー・デップが、パトロンの国王チャールズ二世をマルコヴィッチが演じている。
冒頭はロチェスターのモノローグから始まる。
「始めに断っておきたい。諸君は私を好きにならないだろう
淑女達に警告する。私はどこでも女を抱ける。
(中略)
どうか、私を好きにならないでくれ」
性的にも奔放で普段から問題を起こすロチェスターは、大根女優リズ・バリーの才能を見抜き、彼女を大女優にすべく教育し、それは見事成功をおさめる。その頃、ロチェスターに手を焼きつつも優れた才能を認めていた国王は、フランス大使を歓待するための戯曲を書けと彼に命じる。できあがった芝居は猥雑で王室批判的な内容のもので、ロチェスターはそのまま逃亡する。
R-15指定を受けているだけあって、表層的には下品な描写が多く、後半は陰鬱とも呼べる展開になっている。だが、その中にはたくさんのロチェスターへの愛が存在しており、下品な描写が逆にその物悲しさを強調している。女優リズや正妻はもちろんのこと、国王や従僕やなじみの娼婦、年下の若い男の恋人、ロチェスターの母、みんなロチェスターのことを愛しているのだ。
物語の終わりが近づくにしたがって、アル中と梅毒で急激に無惨な姿になっていくロチェスター。それでも周囲はロチェスターを愛し続ける。
特になじみの娼婦の愛が悲しかった。彼女はことあるごとに「客と娼婦」の関係を強調する。「用事が済んだら出て行って」「私の生活に入ってこないで」。追放から戻って来たロチェスターに「俺が恋しかったか」と聞かれ、「あなたのお金がね」と答える。すべて彼女の本心ではないことが明らかだ。娼婦である自分の立場から、本気でロチェスターを愛してしまう自分を押さえようとしている姿が痛々しい。逃亡生活中、ロチェスターが病に冒された惨い姿になってしまってさえ、彼女は傍らにずっと寄り添っているぐらいなのに。
国王のロチェスターへの寵愛は、才能だけでなく恋人としても愛していたのではないかと思われる描写が散在している。ロチェスターが映画冒頭で"両方いける"ことを明言していることや、問題の戯曲の台詞からもそれはうかがえるだろう。国王はついにロチェスターの居所を探り当て、自ら貧民街まで出向く。どれほどの極刑を与えるのかと思いきや、「お前を無視することにする」と一言告げて去る。何も返事できずにいる病んだロチェスター。
マルコヴィッチのノーブルな風貌が愛する者に失望する悲しい国王をよく表現している。もともとこの『リバティーン』はシカゴの舞台で上演されており、ロチェスター役を演じていたマルコヴィッチが映画化を発案したらしい。本来ならそのままの役で出演するところだが、28〜33歳のロチェスターを映画で演じるには歳を取りすぎているため、主役にはジョニー・デップを指名したそうだ。マルコヴィッチ本人はいい意味で突出しすぎず、それでも存在感を感じさせられてすばらしい。
デップは「脚本の冒頭3行を読んで出演を即決した」という逸話の通り、かなり思い入れをこめて熱演している。逆に、バートン映画や『パイレーツ...』の"かっこいいジョニー・デップ"が好きな女性にはおすすめできない映画だ("チャリチョコ"や"ジョニデ"などと略してる人には特におすすめしない)。なにせ、前半こそバロックな衣装で美しい彼を堪能できるが、後半ではその真逆を見せられるのだ。
また、マイケル・ナイマンによる音楽や、薄暗い照明も雰囲気を作り上げるのに役立っている。けして派手なアクションがあったり、心躍らされる展開があるわけではないのに、観賞後にはまた見たいと思える作品だった。サントラは必ず買う、DVDも出たら恐らくは買ってしまいそうだ。
最後は、冒頭と同じく最後のロチェスターのモノローグで終る。
「これでもまだ私が好きか?」
手にしたワインを口にしてブラックアウトしていくロチェスターの姿、その台詞がとても悲しくて泣けた。