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2004年10月12日

"School of Rock" 曲目決定

来月、毎年恒例の英語学校のスクールパーティが、今年も阿佐ヶ谷のバーで行われる。
で、これまた恒例のS校長(42歳:パンクなギタリスト)のバンドのライブ演奏もある。

でで、今回は面子が色々揃いそうだということで、急遽先生&生徒によるバンドをでっちあげることになった。もちろん名前は"School of Rock"!

リードボーカル:J(陽気なDJ/来年結婚予定があるので浮かれ気味/英国人)
リードギター:S(熱き校長/英国人)
ギター:M(新婚のパソオタ/アメリカ人)
キーボード:C(実は作曲やってる/タエちゃんの婚約者/英国人)
ベース:コウイチくん(モッドパンクな郵便局員/私のクラスメート)
ドラム:H(放浪の芸術家/カナダ人)
コーラス:タエちゃん(重機械設計士/私クラスメート)&私


まぁ、いつものメンバーといえばいつものメンバーなのであまり緊張せずに済みそうだ。
ででで、今日の授業の帰りにSteve校長から演奏する曲目を告げられた。
やるのは2曲。

“20th Century Boy” T.Rex
“It's A Long Way To The Top” AC/DC

T.rexは知ってるんだけど、AC/DCは知らないのでCDを聞きまくらねばなりますまい。
コーラスだけとはいえ、英語の歌詞も覚えなければいけません。
うまくいけば来週末にはスタジオに入るみたいです。
人生初のスタジオ入りは、かなり楽しみだ。

2004年10月14日

時代劇見なくちゃだわ

ここ1週間ぐらい夜型の生活になっていてイヤだったんだけど、なんとか朝型に戻れたようで嬉しい。
今朝の起床時間は7:30am也。朝起きないと一日が短くてもったいないことしきり。
今日は昼からジムに行くとして、それ以外はぼちぼち仕事する予定。

そうそう、着物好きとしては『大奥』もチェックせねばなりますまい。先週初めて見たのだけども、いきなりドロドロした女同士の争いが勃発してて昼メロのようだった。

元々時代劇は嫌いじゃないのだが、着物に興味を持ち出してからはそういう視点でも見られるようになって楽しい。浮世絵を見るのも同様に面白さが増してきた。『忠臣蔵』も民放とNHKで始まるし、この秋は時代劇三昧になってやろうと思う。秋〜冬は着物を着るのも楽しいしねぇ。

しかし『大奥』。NHK大河の『新撰組』よりも華やかな画面の筈なのに安っぽく見えるというのは一体どういうことなのか。やはり大河の予算には負けてしまうのだろうか。

2004年10月16日

CD借りて、盛り上がる"Nursely School of Rock"

昨夜、おでかけついでに英語学校に寄って、S校長からAC/DCの曲が入ったCDを借りてきた。

借りたCDを聞いてみて、演奏する曲「It's a Long Way to the Top」は映画『School of Rock』のラストで使われた曲だったことを思い出す。webを巡回して映画レビューをいくつか読んでいると、また映画を見たくなるね。この映画は公開当時に映画館で見たのだが、ラストでは拍手が起きいたのが印象的だった(映画館で拍手を聞くのは『COOL RUNNING』以来初めて)。

曲を覚える意味でも今日の仕事中はずっと演奏予定の2曲をエンドレスでかけている。「20th Century Boy」はコーラスを1音をタイで4小節ぐらい長く伸ばす部分ばかりなので、ブレスと腹筋が必要そうでだ。「It's 〜」は歌詞が色々あるので覚えるをがんばらないと。うーん、なかなか楽しそうで盛り上がって参りましたよっ。

とりあえず、「It's 〜」のコーラスは映画『School 〜』のアレンジを真似するそうなので、ビデオ借りて再チェックしてみようと思う。

2004年10月18日

殿中でござる!電柱でござる!

http://www.tv-asahi.co.jp/chushingura/

というわけで、今夜は忠臣蔵。
伊藤四朗演ずる、見るからに悪役メイクの吉良が楽しみで楽しみで……。
沢村一樹の浅野君もキレやすそうでいいですね。

今日は松の廊下から切腹までだそうで。
2時間もあるので楽しみだなぁ。

忠臣蔵は10年ぐらい前の年末特番のが好きだった。ビートたけしが本気で昼行灯な大石で、緒形拳が大野九郎兵衛、陣内さんが堀部安兵衛。まだ実家にビデオがある筈。

2004年10月20日

そんなのもフーリガン?

英語学校の日。先生はひさびさのS校長。彼の授業は楽しい。

イギリスのサッカー観戦についての話題で盛り上がる。
試合前にはとても紳士だった隣の席の老人が、始まった途端にFワードを含む下品なスラング連発で応援や野次を飛ばす(curseという動詞が当てはまる)。ハーフタイムになるとまた紳士に戻る。それが英国フットボールファンの姿だそうな。

帰りにバンドのスタジオ練習の日取りを打ち合わせし、月末に決定。
永吉先輩の個展オープニングの日だが、なんとかそれまでには終わらせられるだろう。私とタエちゃんのコーラスパートはあっても無くても成功しても失敗しても、バンドの演奏は続けられるのでヘタクソでも大丈夫、と慰めだか励ましだかよくわからない言葉を頂戴する。

映画「School of Rock」のDVDも無事に借りてこれたので、該当箇所を見て研究。劇中のロック史の授業を受けたかったのは私だけではあるまい。板書と解説は下記URLからも楽しめる。

http://event.entertainment.msn.co.jp/school_of_rock/fla.htm

2004年11月 9日

チャイレシピ探し中

先日スタバに行ったらば、メニューにチャイが追加されていた。名前はたしか「タゾ・チャイ・ティー・ラテ」。今日もスタバに行ったので、迷わず同じものを注文。もちろんホットで。

チャイを飲んだのは数えるほどだが、おいしい飲み物だと思う。以前にいただいたのはアフタヌーンティーのティールームで、こちらもまたおいしい飲み物だった。

で、あんまりおいしいので自分で作ってみたくなり、いろいろググってみた。どうやら茶葉と牛乳以外にスパイス類がいくつか必要になる模様。カーダモン、シナモンスティック、ジンジャーなどなど。スパイスの量と種類も地方ルールみたいに色々あるらしい。

とりあえず、今我が家には生姜ぐらいしかないので、生姜入りチャイを作ってみた。
生姜スライスと粉末ナツメグ(ハンバーグ用にストックされていた)を入れて、水少なめ牛乳多目で日東紅茶を煮出す。 気になるお味はといえば、少し煮出し時間が短かったせいか紅茶が薄目だったが、それでもおいしくできて満足也。次はも少しじっくり煮ます。
いやー、簡単だったのね。明日あたりスーパーにスパイス探しに行きたいものだ。

寒めの夜には牛乳使ったホットドリンクがおいしいよねぇ。
おすすめチャイレシピがあれば、教えてください。

2004年11月12日

いやはや、時代劇はNHKにかぎるのか

先週から始まりましたNHKの金曜時代劇『最後の忠臣蔵』。
なかなかに面白く、テレ朝のマツケン忠臣蔵と比べてみたり、また広義で時代劇として大奥と比較するも楽しゅうございまする。

拝見しますに、NHKの方が国営放送で視聴率を気にせずともよいせいか、実験的・演劇的な演出が見受けられます。かたやマツケン忠臣蔵はいわゆる“忠臣蔵のデファクトスタンダート”と申しましょうか、正統派でございます。

NHKの主役・寺坂吉衛門 役の上川隆也なる役者は、以前に『白い巨塔』で正義感あふるる弁護士役をされていた折りにも気になりもうしたが、ここへきて髷を結った武士姿もなかなかに麗しく、毎週目の正月を賜っております。個人的には上川殿はこざっぱりとラーメンをすするCMよりも、不精髭で髪乱れたるお姿こそ胸騒ぎ心ここにあらぬ気持ちになりますれば、今後もなるべく左様なお姿を拝見したい所存也。

はてさて、男衆の魅力は乱れ髪と不精髭にかぎる。
これ古来よりの定めなりしや。

上川寺坂はんは、時々月代がのびた姿になりはるんですが、そのあたりがまたワイルドでええ塩梅ですわぁ。頭悪そう系のマッチョは堪忍やけど、ちょいインテリなワイルドは大好きですねん。

2004年11月13日

2歳児二人と遊び、幸せな土曜日。

友人のK嬢が遊びに来るというので、急遽セミナー受講の予定をキャンセルして子供遊びデーに変更です。

やってきたのはK嬢と娘のAちゃん、その保育園友達のTくんとお母さんのCちゃん。後からやってきたK嬢の夫氏と5人で楽しく街を満喫しました。

子供たちは二人とも2歳で、ちょっとした言葉も話せたりはっきり意志表示できたりして、私の想像する2歳とのギャップを感じて新鮮でした。人間て、生まれて2年でここまで社会性とかできてくるものなんだね、すごい。

まずはデパ地下などで買ったお弁当を片手に某公園へ。野外劇場のベンチでお弁当をいただいてから、併設の動物園に向います。

子供たちは動物に興味津々だけどちょっと怖いらしく、複雑な距離を保ちながら見ていました。モルモットを触れるコーナーでも、見るのは見たいけど触るのは怖かった模様。自分の子供なら無理矢理触らせて泣かせるのも一興、と黒い私が鎌首をもたげそうになりましたがぐっとこらえました。

リスを放し飼いにしているケージの中でも子供たちは怖がっており「あなたたちリス組さんなのに、リスさん怖いの?」とお母さんに突っ込まれていて微笑ましかったです。

この動物園は派手な動物が全然いない小さな場所ですが、周囲が公園で緑が多く、歩いてこれる距離ということもあり、私はかなりお気に入りです。この5月にも来日した実母と二人で遊びに来た時も楽しかったし。

高齢要介護の象(推定50歳以上)を堪能した後、お母さんたちが布屋さんに行くことになり、私とK嬢夫の二人は外で子供たちと一緒に待っていました。

我が家の最寄り駅前に巨大な手芸デパートがあるのはそこそこ知られていますが、実はもう一軒「C」というセンスのいい布・ボタン屋さんがあるのです。お母さんたちはそれぞれに布やボタンを買えてご満足の様子。

この街を楽しんでもらえると、地元住民としても嬉しくなります。歩いていける範囲にいっぱいお店あるから、私が子供見てるから、安心してその間にたくさんお買い物とか楽しんでね。

そんなこんなで夕方になり、皆さんはお帰りになられました。私も楽しい気分で家路につきます。さすがに一日ずっと歩いていたせいか、帰宅するなり昼寝してしまう私(夕方だけど)。

目覚めるとKがスープカレーを作ってくれてました。疲れてお腹すいてたせいもあり、とてもおいしくて幸せな夕食。明日は日曜日だし、なんだか今日はとってもいい一日です。

さ、お風呂入ってもじぴったんして寝よっと。

2004年11月17日

友人のお見舞い/スイス人のじいちゃんと人生について語る

高校の先輩で友達の某氏が手術・入院していると聞いたのでお見舞いに行ってきた。手術もしていたらしく心配だったが、外出許可をもらって散歩するほどに回復しており安心。退院の目処も立ちそうで嬉しいかぎり。

さて、この某氏の長年の相方は70歳のスイス人のじいちゃんです。じいちゃんは画家で世界各国で作品を作ったり見せたり売ったりして放浪の旅をしている。妻帯者だが、老若男女関係なく恋する人だったりして面白い。私も某氏に紹介してもらって8年ぐらい前にお友達になりました。じいちゃんはいつも世界中を飛び回りつつ、日本にも年イチぐらいでやってきて某氏の家に長期滞在している。今回の入院に際しても、じいちゃんは甲斐甲斐しく洗濯したり見舞ったりと某氏の世話女房となっている。

実は某氏に会うのも一年ぶりぐらいで、じいちゃんに会うのもすごく久しぶり。じいちゃんは日本語話せないので、3人の会話は英語でおこなう。じいちゃんは、私の英語が上達したとすごく誉めてくれるので、なんだか私も嬉しくなった。

そういや、英語学校に通うきっかけのひとつがこのじいちゃんだったことを思い出す。8年前に某氏の家で初めてじいちゃんに会った時、自分なりの英語を総動員して話してもうまく意志の疎通ができず悔しかったことも、今の英語への意欲の原動力となっている。

じいちゃんは芸術家なのでアートについて表現について面白い会話をしようと試みてくれるのに、私の英語力が及ばず尻切れトンボになってしまうもどかしさ。なんとなく、こういう話題をしてるんだなとわかるけど、自分の意見をうまく表現できない苛立ち。世間知らずの美大生だった私にとって、それはとても魅力的なのに参加できないはがゆい邂逅として今も覚えている。

病院からの帰り道、バス〜電車と同じ路線なので、じいちゃんと二人で30分ぐらいおしゃべりしながら移動した。じいちゃんはに漫画のネタをどこから思いつくのか質問されたり、「男が働き女が家事をする常識は変るべきだ」というじいちゃんの考えの根拠を聞いたり、芸術家に必要なのは金ではなく創る喜びだと言ってもらったり、動物園の年老いた象の存在は詩的だとか……。日本語では恥ずかしくて公衆の面前では言えないようなマジな話題をたどたどしく楽しんだ。

少しは上達したとはいえ、今日もじいちゃんの言ってたことを100%理解できたわけではないけれど、じいちゃんは今までで一番喜んでくれて、私も楽しくて、徹夜明けだったけど気持ちいい快晴の午後でした。

2004年11月20日

たまには親父も役立つもんだ

実家の父(60歳/高校社会科教師/定年目前)は、冬ソナのはるか昔から韓国にハマっている。少なくともここ15年ぐらいは韓国オタクを嬉々として続けている。教師、しかも担当は世界史/政経という職業柄、彼ののめり込みは激しいもので、書斎には100冊以上の韓国関連書籍があるのではないだろうか。

父は教師なのでついつい人と話す時は「教える口調」になる。これがまたエラそうなんだってば。しかも我が家は父子家庭で、父一人子一人。そんな私の中学〜高校時代、夕食時に父が韓国話しを始めると、それはそれはウザいものでございました。お父さん、悪いけどあなたの娘はマニアックな韓国知識に興味無いんだってば。トイレに「韓国史辞典」を置いとくのもやめてください。こっちもSOFT BALLETとデッド・オア・アライヴの話題ふるぞ、ゴルァ。

おかげですっかり私も「父の韓国話しアレルギー」になってしまい、たまの帰省等でそういう話題が出ると、すぐさま自室に閉じこもることにしておりました。

で、ただいま扱っている仕事案件で、ハングル文字が登場する箇所がありまして(よくある“韓国語サイトはこちら”ってやつですね)、そのあたりの表記についてわからなかったので父の携帯に電話してみた。

父はちょうど顧問であるホッケー部の練習中で、学校のグランドにいた模様。ハングル文字を知らない私は、とりあえず形を口頭で説明。

「えーっと、最後は左にマルで右がカタカナの“ト”の反対」

父はどうやらそこらへんにあった石ころで地面に文字を書いて、私が説明した単語を判読してくれました。これがまた嬉しそうで、嬉しそうで。父の韓国知識が私にとって役立つとは滅多にないことだしね。

ハングルは話せないくせにハングル文字は読める父よ、ありがとう。でもやっぱり、外国文化を理解するにはその国の言葉を理解することが不可欠だと思うよ。定年したら1年ぐらい留学してくる案に賛成です。せっかくの独身貴族なんだし、優雅に暮らすべし!

そんなわけで、ひさびさに父に感謝した午後でした。

2004年11月22日

名古屋へGO!

明日は、朝から名古屋へ日帰り。
名古屋は父の実家で、その法事(?)のようなことをやるそうだ。法事っていうよりかは形見分けなのかな? わずかな遺産がどうこうとかいうのもやるらしいが、私は関係ないのでばあちゃんの形見で引き取り手が無い分の着物関係と食器を頂戴してこようと思っている。父と叔母達の性格と、これまでの経緯を知るに、骨肉の争いは起きないこと太鼓判なので、お気楽に日帰り旅行を楽しむ予定也。

昔は名古屋をあんまり好きじゃなかったが、近年ご当地の食べ物が非常においしいことに気付いて以来、名古屋好きになっている。

いやー、おいしいねんで。味噌煮込みうどん。牡蠣と玉子入ってるの最高。
おいしいねんで、天むす。塩ふってあって最高。
さらにおいしいねんで、ひつまむし。食べ方3通りで最高。
うなぎパイと味噌カツは好みじゃないのでスルーやけどな。

そういえば、私の実家は奈良なのに、名古屋出身の父と父子家庭になってからは「みそ汁の味噌は当然八丁味噌」と決まっていた。そのおかげか、赤味噌大好き〜。

知ってますか? 幼き頃に東山動物園の近所のラーメン屋で味噌ラーメン頼んだら、なんと「八丁味噌ラーメン」だったんですよ。さすが名古屋!

なーごーやーは、えーえーよー。
コアラがおるでよ〜。
なーごーやーは、えーえーよー。
道が広いでよ〜(やっとかめー!)

fukukou0426.hp.infoseek.co.jp/net/nagoya.swf
↑直リンまずそうなのでコピペでね。

2004年11月25日

ばあちゃんの着物

先日の名古屋日帰りで、ばあちゃんの形見の着物類を叔母と形見分けした(ほかに着物に興味のある親族はいないため)。
祖母の形見の着物なので、基本的には実娘である叔母がすべてもらうべきだと思っていたが、「叔母の趣味に合わないもの=私の趣味にビンゴ」というケースが多く、和やかに分配法則できた。お琴をやっている叔母は基本は“お誂え”の正統派(?)の着物人で、“普段のオシャレに着物”派の私とは趣味が真逆に近いので、せっかくの形見が無駄にならず結果的によかったです。

祖母は着道楽だったようで、着物だけで箪笥に二棹あった。半分以上が“しつけ”のついたままの未使用新品で、あらためて祖母の見栄っぱりな性格が見えて面白い。叔母と父が言うには、祖母は着物をたくさん誂えることに喜びを見いだしていたようで、実際にはさほど頻繁に着ていなかったそうだ。そういえば、私の記憶の中で祖母が冠婚葬祭以外で着物を着ている姿は記憶にない。

そして、保守的だと思っていた祖母の趣味は案外個性的だったようで、着物も帯もクセのあるものが多くて意外。通常、着物や帯は小窓のついた“たとう紙”という和紙に包まれており、その小窓から中身を確認することができるのだが、たとう紙から出した祖母の着物は、小窓から想像するものとは全く違うものなので、まるでびっくり箱のようだった。

そうそう。祖母は私とかなり身長差があったので、てっきり長着や長襦袢は形見受けできないだろうと諦めていあた。私は長身なので、古い着物はたとえ身丈(襟から裾までの長さ)が合ったとしても、裄(背骨から手首までの長さ)が足りないことがほとんどで、着られないことケースが多いのだ。ところが、着物を誂えていた頃の祖母は太っており、身幅(胴の幅)がかなりあったので袖が短くとも裄はかなり大きく、私でも大丈夫そうな気配が! わーい。ばあちゃんの着物を着られる! 大島やら小千谷縮やら総絞りやら、豪華な着物や個性的な着物がわんさかで最高! ばあちゃん、大事に着るからね。

2〜3時間かけて箪笥二棹を全部検分した結果、虫食いやシミがある着用不可のものを除いてほぼすべて私と叔母で分配した。とりあえず、量が量なので、持って帰れそうなものだけ持ち帰り、残りは宅配で送ってもらうことに。冬は着物の季節だし、楽しみだなぁ。無理矢理着ていく用事を作ってしまいそうだ。

2004年12月 7日

ガチガチバキバキ

東京は日中24度という温かい日で、天気もよかったので窓ガラス拭いたんですよ。古新聞を使うお手軽な方法で窓ガラスはキレイになり、小さな庭もよく見えるようになって幸せな気分になれたんです。そこで終わればめでたしめでたし。


しかし本題はここから。

次の瞬間、私の腕や肩や内モモを痛烈な痛みが襲ったのです。そう、変な格好で窓ガラスにしがみついて磨いたもので、各所の筋を違えてしまったのでした。

2分ぐらいは畳みの上で悶絶してました。痛いよう、しくしく。Kは二階でゲームしてて気付いてないし、なんてみじめ。そういや、最近よく寝違えたり足の裏も痛くなるなぁ。ジムをやめちゃったし、寒いから、ただでさえナマってる身体がガチガチになっちゃったのかしら。


これはいけないと、その夜すかさず就寝前のヨガを再開しました。複式呼吸、両ひざひきよせ、ひざ立てねじりの応用…、よしよし、特に問題なくポーズできるわ。そこまで心配することなかったわね。

腰上げのポーズ。ビキッ。

腰から背骨と背中全体に激痛が走ります。痛い、マジで痛い。今度の悶絶タイムは4分です。このポーズ、以前は余裕でできてたのに、全然ダメじゃん。こりゃ、確かに身体バキバキだわ。

痛さがおさまってからようやく残りの3ポーズ(あお向け体側伸ばし、スキのポーズ、死体のポーズ)をこなして睡眠体制に入りました。

そんなわけで、寒くてちぢこまってしまう冬場こそ、ヨガや柔軟が重要なんですよっ! 日頃デスクワーク中心のあなたも要注意。背中と腰は大事です。

断じて、断じて三十路になったから体にガタが来はじめたわけじゃないことを強調しときます。


※古新聞を使ったお手軽な窓ガラスの拭き方
 http://www.mfm.mid.co.jp/pro_skill/cleaning/cleaning_006.html
※腰上げのポーズ
 http://community.dinos.co.jp/special/20031022/s01.html
 6番のポーズ

2004年12月18日

実父の攻撃

先日このblogにて父親の韓国オタクぶりを克明に記載したところ、本人よりクレームが来たので訂正しておく。

誤:「書斎には100冊以上の韓国関連書籍」

正:「書斎には200冊以上の韓国関連書籍」

元々インドア読書派な父なので、さらに読みまくっているらしい。
だから早くハングルも覚えてハングルの本読みなよってねぇ。外国語で本を一冊読了する快感は相当なものですぞ、親父殿。

さて、そんな父が過去に行った社会運動絡みで東京新聞に載っていた。
政治と宗教の話題は、このblogではスルーする方針なので、この内容にかかわる思い出の諸々は私の胸にしまっておきます。
全部読むのが面倒な方はページ内検索で「稲垣」を検索してみてください。

http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20041216/mng_____tokuho__000.shtml

2005年1月 1日

あけましておめでとうございます。

大晦日〜元旦にかけては、ひさびさに時間を気にせずダラダラと過ごしました。
ヌッツォとマツケンサンバはすばらしく、エジプシャンイブラヒムは外見とは裏腹に瞬殺でがっかりでしたが、天ぷらそばがおいしかったので無問題です。

そんなわけで年賀状絵を公開いたします。
今年は酉年ということで、去年一部で話題になった「コマンド入力すると反応するニワトリ」をモチーフにいたしました。なんじゃらほい、という方は下記URLをどうぞ。

http://www5.big.or.jp/~hellcat/news/0404/16b.html

正体は米国バーガーキングが新製品のチキンサンド宣伝のために作ったFLASHサイトです。
私の感性的に、このラブリーなニワトリ写真をそのまま賀状にしたいぐらいに惚れてしまっているのですが、そこは多少なりとも制作でご飯食べてる身ですので、自分なりに解釈した絵を描きました。サイケの練習も兼ねて、配色も今までに無いものになったのではと思います。楽しいなぁ。

着ぐるみの頭部を外したところのつもりなんですけど、一部の人々から「ヒッ、新年から生首持ってる!」とツッコミが入ってしまう結果に……。

違う、違うんだー!!

本年もどうぞよろしくお願いします。

nenga.jpg

2005年1月16日

無事に村人の勝利

えぇー!トーマスちゃんが人狼だったの!?
カタリナ、パメラ、疑っててごめんよ。

最近すっかりblog更新していなかった元凶がやっと収束いたしました。
理由はコレ。

人狼BBS
http://ninjinia.x0.com/wolf/

わかりやすめの説明ページ
http://d.hatena.ne.jp/hyuki/20040918

欧米でメジャーなパーティーゲームのオンライン版になるそうです。最大16人で村人と人狼に別れ、誰が人狼かを推理していくゲームです。BBS形式の会話だけで成立していくもので、それぞれに割り振られた役割を演じるRP(ロールプレイ)とともに、駆け引きや推理を楽しめます。

ミステリーや推理物が好きな方にはとっても面白いゲームだと思いますよ。
ただし、始めると一日中人狼が気になって仕事が手につかなくなるかもしれませんが……。

私は初プレイということで、村人:パン屋オットーでした。
最後の最後まで人狼に騙されて、村人を狼だと思いこんだまま7日目の朝に喰われてしまいました。しかし、結果的には残った村人ががんばって推理してくれたおかげで、見事に人狼を退治することができました。あぁ、良かった。

すぐさま次の村でプレイ開始したいところですが、ひとまずはおやすみしときます。来月下旬からまた再開するぜ!次こそは村の議論に有効発言したいものだ!

2005年3月21日

実家の父が。

ついにblogを始めたようです。

60の手習いと申しますか、老いて益々盛んな老黄忠のように格好よくはありませんが、がんばってるのは偉いと思います。あ、60のお爺がやってるブログなので、荒さないでやってくださいね。お手柔らかに。

そんなこんなで、父さんがんばれ。
生存確認にもなるから頻繁に更新してね。月末は帰省するからね。

ちなみに「トラックバックって何?」と聞かれても答えるつもりは毛頭ございません。

2005年3月22日

晴れた日は液晶モニタを殴って

皆さんご存じのように、私はwebデザインなどしつつ生計を立てております。
制作作業はすべてMacで行い、「Windows? あんなブサイクなシステムフォントとインターフェイス毎日見てると目が腐るわよ。げいつめ」などと鼻の穴を見せびらかしているわけです。

しかし、仕事ですのでそうも言ってられないわけで、webデザイナーの宿命として「Windowsでの表示確認」という作業があるのでございます。web制作業界な方には、釈迦に説法、馬の耳に念仏でしょうが、htmlっちゅーのはOSが変れば表示も微妙に変る憎たらしいものなのです。

なので、ただでさえ狭い私の机の上にはメインのMac用モニタの他に、DellのWindows機に繋がる液晶モニタが置いてあり、作業領域を圧迫しております。まぁ、時々映画のDVDをかけたりして役に立たないこともないのですが、基本的に週に1〜2回起動するかしないかといった具合です。

さて、最近その液晶モニタに異変が起きております。
本体は機嫌よく起動するんですけど、ふとした拍子に画面にシャーっとカラフルな色のグラデーションが走り出し、そのままホワイトアウトしたりブラックアウトしたりと、まるで暗黒舞踏さながらです。それはそれは美しい色のグラデーションなので、キャプチャ撮ってデザインのネタにしたいぐらいなのですが、htmlのwindowsチェックはおろか、マウスポインタもアイコンもなんにも見えない状態なのでちょっと困ります。

しばらく放置するとトリップをやめて現実に帰ってきてくれることもありますが、大抵は側面を軽く殴ると我に戻ってくれますので、ベシベシ殴っています。あんまり殴ってると、家人が隣の部屋から心配して声をかけてくるので注意が必要です。「なんか、腹たつことでもあったのか?」。

腹立ってるわよ。このアホモニタに。あぁ、作業効率が落ちる。
まぁ、このモニタもかれこれ5年は使ってるから寿命なのかもね。
もともと自分で買ったわけじゃないしね。

そう、実はこのSONYの15インチ液晶モニタはどこあろうアドビ様が下さったものなのです。自営になって「よし、ひとつ割れ物ではなくきちんとライセンスを購入してアドビ製品を使おう」と思い、アドビなんとかコレクションとかいうソフトのセットを買いましたら、キャンペーンに見事当選してしまったのでした。

不具合が出る確率は体感で40%ぐらいでしょうか。もう、さっさと壊れてくれたら新しいのを買う決心もつくというのに。あぁ、これがソニータイマーってやつ?

なんだかうまくオチがつかなかったけど、とりあえず今日もモニタを殴っている私です。

2005年5月22日

私とクーロンズ・ゲート

最初の出会いは確か雑誌"ハイパープレイステーション"だったと思う。1995年の初夏、私は大学生で、バイト代でPS本体を買ったばかりだった。新しいソフトの情報が知りたくてこの雑誌を手に取り、そこでとても魅力的な造形に出会う。なんてカワイイキャラクターなんだろう......それが「壇獅子家姐」だった。早速、クーロンズ・ゲートは購入リストの筆頭に追加された。
 毎月クーロンの記事を楽しみに、ハイパーPS誌を買っていた私はある広告に気づいた。黒本の表紙にもなっている龍の爪と太極マークをメインビジュアルとしたその広告には、見慣れない文字列があった。初代クーロネットのURLである。悲しいかな、当時の私はインターネットに接続することができず、それはそのまま忘れ去ってしまう。

 大学4年となり、卒業制作・就職活動にいそしむうち、私の生活はゲームから少し遠ざかる。このあたりの記憶は曖昧だ。ビデオで、映画「GHOST IN THE SHELL」を見て、クーロンと似たアジアンゴシックを感じてみたり、ため息をつきながら時折思い出していつになったら発売するのかとやきもきした。
 そういえばPSのFC(?)の会報CD-ROMに九龍の体験版が付いたこともあった。2枚組のCDのうち、1枚がまるまるクーロンだ。喜んで何度か遊び、RTダンジョンの難しさに唇を噛む。周囲がピンクで波立ち始めても、なかなか鬼律に遭遇できなかったのだ(このトラウマのせいで、今でもRTダンジョンは怖い)。

 さて、卒業制作の忙しさもピークに達した頃、ついにクーロンが発売された。いまだにどこでソフトを買ったのか覚えていないが、初回版を買った。体験版で時間がかかるゲームだということは知っていたので、なかなかゲームを始められない。そうこうするうちに私は就職・上京してしまう。
 就職して会社の寮に入った私は、いつしか黒本も手に入れ、夜な夜なクーロンをプレイした。会社の研修期間はそれで良かったのだが、正式配属されて実務を始めると、途端に帰宅が遅くなり、次第にPSを起動しなくなってしまう。実はゲームが滞ったのはもうひとつ理由があった。

 それは、恐怖心である。夜、寮という名の狭いワンルームに帰宅する。食事や入浴を済ませて、ベッドでコントローラーを握る頃にはとっくに日付が変わっている。外はとても静かで、室内は枕元のスタンドだけが光っている。無意識に壁に背中をつけてゲームを進める。初めて海鮮中心に入る。緊張感が高まる。そして初めてミスターに会う。その頃には部屋の脇の冷蔵庫や電子レンジがとてつもなく気持ち悪いモノに見えてくる。布団に入って目を瞑るなんて、とてもじゃないができない。妄想に頭を支配される。
 余談だが、この頃世間ではインターネットがちらほら普及しはじめていた。当時、webの仕事を始めたばかりの私は、文字化けを見るたびにクーロネットを想起せずにはいられなかった。クーロネットで風水師に届くメールの文字化けが、文字化けするように設定されているのではなく、本当に文字化けしているようにすら思えた。 
 かくして、段々とゲームをするのが怖くなる。方向音痴のせいで、黒本を見ながら進めるのだが、目をそらした隙に、TVがなにか恐ろしいものに変化しているような気がする。黒本の進度でいうところの75%まで来たところで、私はゲームを放棄してしまった。 
 それでもクーロンの魅力にはあらがうことができず、銀本を買う。写真集を買う。クーロネットや少しだけあったファンサイトを覗く(しかしネタバレが怖く、すぐにやめる)。サントラを買う。武富聖さんのサイトで公開されていたクーロンのテクスチャや画像をMacの壁紙にする。会社で同僚に、「クーロンズ・ゲート? GWにじっくりやろうと思ってたのにすぐ解けちゃったよ。しかもクソゲーだったね」と言われて本気で怒る。どうして私は解けないゲームをこれほど愛してしまうのか。

 それから3年後、私はすでに同居人のいる生活をしていた。これなら夜にプレイしても一人じゃないから怖くない。そう思って二回目の挑戦。一回目はさっぱり意味がわからなかったハニーレディのナビが、どこを指しているのかわかって嬉しくなる。
 しかし、やっぱり解けなかった。今度は50%ぐらいで挫折。同居人には、そんな解かないゲームはさっさと中古屋に売れと言われる。もちろん、処分する筈がない。関連書籍もCDもすべて宝物なのに。

 そして、今年。ようやく7年越しでこのゲームのエンディングを見ることができた。リッチの最後に驚き、上海の美しさと妄想力に魅了され、以前は全然気づかなかった性的なシンボルをたくさん発見し、どうしてCG画集が存在しないのかと悲しみ、ネットで調べてムービー等の吸い出しが可能と知って喜び、そしてまたあの世界に行きたいと思う。クリア後の惚けた感覚をまた味わいたい。

 クーロンズ・ゲートは中毒性のあるゲームなので、多分これから生きていく中で何度も繰り返し遊ぶことになるだろう。このざらついた画面は、どんどん古いものになるのかもしれないが、それすらも演出になることだろう。こういうゲームは人生に二度も現れないので、私にとってそれがクーロンズゲートだったことをとても嬉しく思っている。

↓クーロンズ・ゲートのディレクター木村央志さんの著作について。これも必読。
http://visualclip.net/inagaki-log/2007/11/post_422.html

↓クーロンズ・ゲート好きにおすすめの本。実際に九龍城砦に住んでいた人の生活が写真と文章で記録されている。

九龍城探訪 魔窟で暮らす人々 -City of Darkness-
吉田 一郎 尾原 美保
イースト・プレス
売り上げランキング: 21059


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2005年5月25日

三国志を知ろう

さて、いい加減にblogを放置しすぎなので、まじめに日記的なことでも書いていこうかと思う。
何がアレって、お仕事関連の方もここを見る可能性があるので、なかなか迂闊なことを書けないのが現状。某SNSで日記書いてたこともあるが、尊敬する提督もblogを始められたことだし、私もblogを重視してみようと思った次第。

最近、とある理由から三国志に興味がある。私の三国志知識といえば、以下に列記する程度のことしかない。

・主人公は劉備玄徳。
・なんか3カ国(魏、呉、蜀)に分かれて戦う。
・桃園で劉備と関羽と張飛が義兄弟の契りを交わした。
・劉備が孔明を仲間にしたくて3回訪ねていったが、孔明は昼寝してた。
・曹操が敵。なんか黄色い服を着てて強気。
・赤兎馬というすごい馬がいる。
・周瑜は美形。
・老いてなおますます盛んな黄忠がいる。

三国志ファンのKと元世界史教師の父に絶縁されそうな知識だが、まぁこんなものだ。さすがにこれではまずいと思うので、現在古本で横山光輝の漫画版・三国志を物色中。小説でもいいのだが、登場人物が多すぎるので、まずは概要を漫画で掴もうという魂胆だ。漫画で輪郭をとらえたのち、小説等で細部のディティールアップをはかろうと目論んでいる。

どうでもいいけど、三国志って激しく長いんだよね。指輪物語の3周目とか、読まなきゃいけない本はどっさりあるんだけどね。とりあえず、安く見つかりますように。新刊で買うと文庫でも2万以上するものでね。

2005年5月26日

ギャンブル

ある事情によりパチスロを研究する日々である。

父方の家系は皆ギャンブル好きで、お正月は家族麻雀やってたり、亡き祖母は競馬場に勤めていたり。私が幼い頃は父がパチンコで買ったから外食ということもあった。私自身はといえば、いまひとつギャンブルは怖くてやったことがない。小学生の頃にアメリカに行ったとき、知人一家にカジノに連れていってもらい、スロットでちょっとだけ当たってバンビのおもちゃと引き換えた程度だ。

今思うと、1980年代、小学2年で母親に拉致されてヨーロッパをぐるぐるした時も、町中にはインベーダー系のゲームとスロットマシンが並んでおいてあった気がする。時々ゲームをさせろとねだり、スロットはすぐ終わっちゃうからだめよとたしなめられたものだ。ドーバー海峡を渡るホバークラフトの船内にもスロットマシンはあった。ギャンブルマシンが公共の開けた場に設置してあるのは日本ではなかなか無いことだと思った記憶がある。

さて、とはいえ日本でも私が気づいてないだけで、公衆ギャンブルはいろいろあるものだ。雀荘、パチンコパチスロ、競馬に競艇、宝くじも。パチスロを研究する過程で何度かパチンコ屋に入ったが、あまりのクリーンな雰囲気に驚いた。まるでゲームセンターのようにたくさんのキャラクターが溢れ、無料で使えるおしぼりにキャンディ−、休憩所まである。

競馬が一時期からカジュアル化してそれこそ女性客が増えたように、パチンコ・パチスロもそういう方向にあるようだ。いわゆる萌えキャラの投入も行われているようだし、子供の頃に感じた暗くて暴力団の影が見えて、タバコの煙が充満しているイメージではないらしい。

私の周囲ではギャンブルで身を持ち崩した人の話は聞かないので、今でもそういうギャンブルで借金地獄に陥る人がいるのかどうかは知らない。そういえば駐車場の車に子供を放置してパチンコにいそしんだ結果、子供が熱射病で倒れてしまう事故が続いたこともあったね。それこそ今でもそういうのは起こりうるんだろうか。

何事も実践するのが手っ取り早いが、私自身はあぶく銭は欲しくないもので、やはりギャンブルに手を出す気は起きない。麻雀のルールは覚えたいけどね。ハマると怖いという恐怖心が先立つのかもしれない。

2005年5月27日

打ち合わせとアックゼロヨンセミナー。

打ち合わせが一件というか二件。
お客様に見せたデザインは好評で嬉しい限り。知らない業界のことを知るのも楽しい限り。
今日のキーワードは「よしなに」。

そんなこんなで直前の打ち合わせが長引いたので、セミナーは実質質疑応答コーナーしか聞けず。
聞けた部分については至極まっとうなことをおっしゃってました。
会場でなかなか会うことができなかった友人知人にお会いできたのでそれはそれで収穫あり。
終了後、打ち上げに誘っていただきまして喜んで参加。
大人数にしてはテーブルが分かれまくっていたのが残念でしたが、まぁまぁ楽しかった。
二次会のカラオケにも誘っていただきましたが、さすがにそこまで財布に体力が無く断腸の思いで帰宅。
やっぱり行けば良かったと少し後悔。

帰宅したらなぜかピアスが片方無くなっていて悲しむ。10年ぐらい愛用してるやつだったのに。
おそらくはiPodのイヤホンを着脱したときに一緒にはずれてしまったのだと思われ。
激しく睡眠不足状態だったのも影響してたのかな。しょんぼりと布団に倒れ込む。

2005年5月28日

今日はオフにしました。

週末に働くことが多い、そんな私はフリーランス。
でも、昨日の疲れもあったので今日はオフにしました。

ゆったりと寝坊してKが作った昼食を食べた後、近所をうろうろと徘徊する。
パルコでバーゲンやってるのが気になるが、混んでたのでそのままスルー。
Kは映画のチケットを購入。もちろん「星を継ぐ者」。いつ行こうかいねぇ。
一ヶ月ぐらいハマっている秘密の遊びを堪能した後、私は駅へ。

到着しましたのは阿佐ヶ谷のバー。我無双。
去年個展を開催した場所でもあり、ちょくちょくSteveたちがライブやる店。
駅で合流したクラスメートのアキコさんや、パンク青年コウイチくんと一緒に始まるのを待つ。
今日はこのバーのリニューアル記念(?)のライブを聞きに来た。
多国籍バンドCaptain Zipperは、Chrisが参入したことでMartinがギターを弾かなくなり、
結果的にSteveのギターがかなりかっこよく目立つようになったので喜ばしいことだ。

対バンの若人たちがビデオまわしたりしてギャーギャーうるさかったのが玉に傷だが、
あいかわらずにパワフルなステージを堪能。
やっぱり英語力が足りず悔しい思いをちょびっとね。
音楽はかっこいいなあと思って気持ちよく帰宅。

2005年6月15日

マクロメディア集中ゼミ@パシフィコ横浜

行って参りました。遠路はるばる横浜まで。
1講目から出る予定でしたが、明け方まで仕事してたため2講目から。横浜遠過ぎ。
お目当てはもちろんTAKAGISMの高木さんのセッションです。開始ぎりぎりに到着して、当然のように最前列に陣取る私。ふと横の方を見ると見慣れた顔がずらずらと。なんだか嬉しくなりました。

セッションの内容は、CRIMSON ROOMの出来た経緯や反響が広がる様子、flaファイルの構造の説明、簡単なボタン動作のデモンストレーション…と書くと単純そうですが、中身はとても充実した濃さで最高に面白かったです。

午前の部終了後、一人で昼食をとってましたら携帯が鳴りました。思いがけずお誘いをうけて、講師様や提督と合流です。詳細は割愛しますが、午後は場所を変え中身を変え、ひたすらに飲み続けておりました。密室ゲームの作者にふさわしく、ある部屋にみんなで閉じこもってた時間が長かったです。広い部屋で眺めも最高です! お酒はあんまり強くないんですけど、悪酔いすることもなくハイテンションで楽しい時間を過ごせましたよ! 2223でご一緒した皆さん、本当にありがとう。ほんと、明日打ち合わせさえ無ければ朝まで遊んでいたかったです。

気づけば終電ギリギリ、某三人で駅まで走りました。
私の間違いで戸塚まで行ってしまうというアクシデントもありながら、なんとか被害は最小限に押さえて三人とも家路につきました。

あ、そうそう。
帰りに寄ったコンビニで、レジの店員さんが「たかぎ」さんでウケました。

本日のキーワード
・stopちゃん
・観覧車はエロい
・最初は殴り合いから
・ダニエル午後ティー割り
・Space Oddityは最高
・眼鏡はどこへ?

今夜はこれから仕事するわけですが、終電帰宅が後悔にならないほどに最高に楽しい日でした。
睡眠不足でしんどかったけど、無理してでも行ってよかった!

2005年6月19日

蒸す夜に子供時代の思い出二題

気温はさほどではないですが、蒸す夜です。
もうすぐ寝ます。
父の日前夜ですが、眠りと母にかかわる思い出二つ。


<絵本>

子供の頃、寝る前には必ず父が絵本を読んでくれました。
そのせいか、早くに字が読めるようになったものです。
自分で読めるようになってからは父の朗読は無くなったので、
必然的に読んでもらった記憶は小さい頃に限られます。

大好きだったのは「おやすみなさいのほん」。
http://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=6

ふんわりとした絵で、
いろんな物や生き物が眠っていく様子が描かれています。
特色3色刷りなのかな、まろやかで美しいです。
不思議と、この本を読んでくれた人は母だという記憶があります。
多分、母が選んで買ってくれた本なのでしょう。幸せな子供時代。


<はなうた>

母はよくはなうたを歌ってました。
ごはんをつくりながら、お皿を洗いながら。

私は台所の机でらくがきしながらそれを聞いてました。
曲の名前も歌っている人も知らないけれど、
ずっと頭にこびりついているうた。

「きみが 死んだ 次の朝に パン屋の子も死んだ」
「そいつは よかったね 組合の おかげだね」

ふたつめのは岡林信康の「それで自由になったのかい」です。
ひとつめのはなんだか知りません。

ときどきこんなのも歌いました。
これは子守唄にもなっていました。

「グンナーイ グンナーイベイベー 涙こらえて」

ふとしたことから、
この歌が「キングトーンズ」というバンドの歌だと教えてもらいました。
長年の謎が解けてとても嬉しかったので、
今度CD探して母に送ってあげようと思いました。


次に母に会えるのは今年の秋になりそうです。
母さんも54歳のはず。まだまだ元気でいてほしいものです。

2005年7月 1日

バーゲン、ダ・ヴィンチ・コード、戸川純

色々あって、喜んだり落ち込んだり。
しかし、今日バーゲンに行くことで解決してしまうあたり単純な私。

朝からバイク便がやってきて入稿データを回収していった。
11時に来ると思っていたら、10時に来た。昨夜のうちに準備をしておいてよかった。

友人K嬢が貸してくれた「ダ・ヴィンチ・コード」を読んでいる。
エッフェル塔はフランスの男性シンボルだとか書いてあってそうかもなと思う。
前々からフランス人には京都人と同じ空気を感じるのだが、
そうするとさしずめ京都の男性シンボルは京都タワーだなとこじつけてみる。

ルーブルには2回行ったことがあるので、少ない記憶を思い出しながら読み進める。
最初の記憶は8歳。入ってすぐのニケ像とラトゥールの絵のろうそくの光が印象的だった。
次は20歳。改装されてから行った。同行した母の趣味によりエジプト関連ばかり見ていたような。
ハムラビ法典もルーブルにある。
おぼろげな記憶だと、ガラスのピラミッドよりもパレ・ロワイヤルのピンクと水色のライトアップが好きだった。

午後は近所の駅ビル(?)のバーゲンへ。
めっきり服にお金をかけなくなったが、それでも楽しい物だ。
今年の流行は個人的に好きなので嬉しい。
少女趣味ではない大人のレース、シフォンキャミソール。エスニック要素が濃いのも嬉しい。

仕事しながら戸川純ばかり聞いている。
背後の部屋で耳にしたKが「それ、渡辺美里?」と聞いてきたが、残念ながら我が家に美里のCDは無い。
「諦念プシガンガ」「眼球綺譚」「勅使河原美加の半生」どれも良い。歌詞が良い。
時々こういう風にデイープにはまってしまう時がある。なんとなく自分では理由がわかるような気がするけども。
そういやゲームの「電車でGO!」のタイトルの元ネタは戸川純なのかしら?

実は以前に「玉姫様」をモチーフにした漫画を描いたことがある。あれは明らかに失敗作だった。
また機会があれば戸川純モチーフの漫画を描いてみたいものだ。
寺山修司の「青ひげ公の城」と映画「ざくろの色」をモチーフにした漫画は、
作業が中断したまま放置されている。しばらく漫画を描く気は起きないような気がする。なんとなく。

2005年7月 2日

今日は本番。

昼頃起床。

昼食後、当日なので練習。入れ替わりでKも練習。
時間が空いたので少しだけ仕事。しかしあまりはかどらず。
来週の濃い打ち合わせの有無が気になるが、あえて気にしないフリ。

体重また低下。めでたい。
このまま○kgまで落ちてしまえばいいのに。

夕方、父より電話。駅で合流。
時間があったので喫茶店で1時間ほど談笑。
お父さん、毎日充実してそうでなによりです。

間もなく時間になったので会場へ。Kとも合流。襟が乱れていたので直す。
あれよあれよと本番。終了。
のびのびとピアノを弾く子供は見ていて気持ちがよかった。
技巧のみではいけないね。ハートが大事。
私はハッタリと見かけ倒しで。

記念撮影など行ったのち、3人で食事。
だらだらと話しながら、生グレープフルーツサワーを飲んだ。
少し横浜の宴席を思い出す。
父は出てきたつまみを自宅でも再現しようと喜んでいる。
Kは終わってほっとしていたようだ。

新しいサンダルのせいで、私の足は靴擦れをおこした。
ひりひりとした痛みを感じつつ帰宅。
フィジカルの痛みはひさしぶり。

そういえば、今日はSteve達のライブもあったはず。
彼らが主催だったので、さぞや盛り上がっただろう。
行けなかったのが残念。メンタルの痛みちくり(微細だけどね)。

入浴後、仕事を再開するか制作をするかで迷う。
仕事の締め切りは明日なので、いずれにせよ順番の問題なのだが。
多分、制作を優先してしまいそうだ。

2005年7月 3日

雨の日曜日

結局明け方まで制作にいそしんでしまい、ヘロヘロになりながら慌てて仕事を片付けた。

制作(絵を描くこと)は、それなりに満足いくものになって嬉しい。
最近の私の絵は人に見せると「すごい配色ですね」と言われる。
個人的には物の固有色を無視・破壊したくてやっていることなのだが、
そういうのは受け入れられにくいのだろうか。
別に何色だっていいじゃんか。全体で目が気持ちよければ。
できた絵全体像はまだ非公開。あしからず。
某SNSには貼ってありますので、見られる方はそちらでどうぞ。

昼頃、Kは実家に旅立っていった。
戻りは火曜の夜。留守をあずかると同時に
ひさしぶりの一人暮らしを満喫しようかと思う。

Kを見送ると同時に、布団へもぐりこむ。
友人K嬢から借りた「ダ・ヴィンチ・コード」を読みながらうとうとと。
私にとって、雨の日の午後にこうして寝床で本を楽しむは最高の快楽だ。

途中何度か電話で目覚める。
新しい仕事の依頼、Kからの到着報告。

さて、ぼちぼち夕飯の食料でも買いに行くか。
夏バテなのか、食欲は極端に落ちている。
面倒なのでこのままダイエットしちゃえと思う。
どうせ秋には確実に食欲が盛り返すのだし。

帰ってきたら、だらだらと仕事でもしようかな。
音楽は相変わらず戸川純ばかり。

2005年7月 5日

月曜からはじける

K不在をいいことに、オールで遊んでしまう私。
たまにはいいでしょ、息抜きよ。

焼き肉、カラオケ,朝までバー、ついでにモーニング。
さすがに体力的にきつかったが最高に楽しかった。
焼き肉屋で半井小絵嬢のサイン色紙発見。
愛する畠山アナの色紙は発見できず。
カラオケ、戸川純はキーが高く難しい。
バー、ロングアイランドアイステイーの組成について論議。ワインうまし。
モーニング、アイスコーヒーのさっぱり感に一同にっこり。

遊んだせいか、少し食欲不振が解消されたように思う。
ちぇっ、もう少しほっそりしたかったのに。
Kからはこれ以上体重を落とすなという指令が出ている。

帰宅したらガス屋さんが点検にやってきた。
いろいろと目から鱗。ありがとう、東京ガスの人。

夜にK帰宅。おつかれさまでした。

2005年7月 7日

Curiosity killed the cat

ロンドン絡みについてはノーコメントです。
親族の皆さんで本気で心配されてる方は連絡ください。

2005年7月 8日

忍耐です

忍耐が必要なことは日々色々ある。

お湯が沸くのを待つとか、
列に並んで順番待つとか、
虫さされを掻かないとか、
反応の鈍いSuicaを何度もタッチさせるとか、
メッセンジャーで声かけないとか、
眠くても布団に近寄らないとか、
わかってもらえないことをこんこんと伝えるとか。

最新の忍耐。
それは昨日買ってきた「みんな大好き塊魂」を触らないということ。

触ったが最後、起動したが最後、
12時間は確実にコントローラーを握りしめることになる。
それも忍耐といえば忍耐と呼べるが、快楽をともなうのでやはり別のものだろう。

私がその享楽に興じられるのは週末になってしまうのか。
今も、パッケージをにらみながら忍耐を己に強いる自虐嗜好な私。

2005年7月16日

読書な日々

 土曜日なのでムビはお休み。

 全然知らなかったんですけど、マイ・スウィート・高橋源一郎さんが明治学院大学で教鞭をとっておられるご様子。近代文学史だそうです。明治学院の学生がうらやましいが、私がその講義を受けたところで理解できないので気にしないことにす