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2005年7月17日

力技文学読書記憶

 日曜なので今日もムビはお休み。

 この覚え書きは自分用なので、かなり読みにくいことをあらかじめ告白。

 好きな作家。作家指名でよく読んでいるのは村上春樹、椎名誠、高橋源一郎様。ハルキと椎名誠は、いずれもおすすめされて読み始めた。源一郎様はなんだったけな。そうだ、小学生の頃にラジオドラマを聞いて好きになったんだった。

 小さい頃からインドア派で、絵を描くか本を読んでばかりだった。かなり早い段階でそれらが融合し、漫画にのめりこんでしまった私。

[小学生以前]

 絵本大好き。図書館大好き、なぜなら図書館の隣に住んでいたから。寝る前には必ず本を読んでもらっており、そこから自然と文字を覚えたらしい。就寝前の読書習慣はこのころ形成された。

[小学生]

 あいかわらず図書館好き。学校サボって図書館に行ったのが母にバレて怒られる。2年生になって学校の図書室を使えるようになって喜ぶ。ルパンシリーズや伝記をよく読んでいた。ホームズも好き。ぽっぺん先生シリーズも大好き。しかし赤毛のアンや若草物語には興味ひかれず。漫画、描くのも読むのも大好き。コバルト文庫に手をだす。氷室冴子、新井素子。谷山浩子のファンタジックな歌も好きだった。映画の影響で「はてしない物語」を読んで感動する。  NHKのFMラジオドラマで源一郎様の「さようなら、ギャングたち」を聞く。不思議な世界観にハマり、まもなく母が原作小説を買ってくる。それ以降、何度も読んでいる。

[中学生]

 大流行の赤川次郎にハマる。猫好きゆえ、三毛猫ホームズが大好きだった。ファンタジーにもハマる。グイン・サーガ。早川文庫の背表紙がベージュのシリーズ。魔法の王国ザンスシリーズ、ランドオーヴァーシリーズ。安房直子の幻想的な小説にハマる。母(?)が好きだったマンボウ・マブゼシリーズを読む。部活忙しく、図書館行けず。

[高校生]

 谷崎潤一郎。椎名誠はこの頃おすすめされて読み始めた。「アド・バード」「武装島田倉庫」今でも大好きでたまに読み返す。怪しい探検隊シリーズもふくめてかなり読んだ。源一郎様の本を集めはじめる。「ジョン・レノン対火星人」。図書館でも探す。手に入るもの及び図書館にあるものは全部読んだ。グイン・サーガ、途中で疲れて読むのをやめる。指輪物語に手を出そうとするが、冒頭で挫折。筋肉少女帯を聴くようになり、その流れで江戸川乱歩。人間椅子、押し絵と旅する男。少しだけ稲垣足穂。ドグラ・マグラは読みかけて挫折。ラヴクラフトも同様に。美術予備校の帰りに本屋に入り浸る。スティーブン・キングも読み始める。かなりたくさん読んだ。市立図書館にもよく通い、新着図書コーナーから手当たりしだい読みあさった。記憶にあるのは、地下鉄に住んでいる少年の話と、世界幻想文学全集のような全集モノ。マーブリングの装丁が美しかった。ちょうどジェイムス・ジョイスのユリシーズの訳本が刊行された頃で、ふざけて借りたりしたものだ(もちろん読んでいない)。星新一のショートショート、清水義範のバスティーシュ小説も好きだった。

[大学生]

 美大生になって有頂天。アートぶりたいお年頃。橋本治の窯変・源氏物語。川端康成の変態性に喜ぶ。村上春樹をおすすめされて読み始めた。世界の終わり、ねじまき鳥が大好きだった。当時刊行されていたものはほとんど読んだような。家畜人ヤプーと諸星大二郎はこのあたり。悪童日記。三島由紀夫は「春の雪」を読んで装飾過多に疲れてしまう。1回生の秋から一人暮らしを始めたので、読書量が減る。通学電車に乗らなくなったことと、芝居と恋愛に時間を費やしていたからだ。演劇部の部室で読書自慢をする後輩を横目に「読書は娯楽のためにするものであり、けして○○を読んだと自慢するためのものではない」と思っていた。

[社会人その1/会社員時代]

 通勤時間は睡眠時間となる。途中で止まっていた橋本源氏を読み返したり。文学を読んでいた記憶は少ない。雑誌や漫画ばかり読んでいたかもしれない。転職してからも同様。そうそう、この頃に英語の勉強もかねてハリーポッターの原書に手を出し始めた。Yonda?パンダのグッズ目当てでいろいろと新潮文庫を読んだ。日本の現代作家が多かったかな。しかし何を読んだのかほとんど覚えていない。

[社会人その2/フリー時代〜現在]

 ぱっと何を読んだのか思い出せない悲しさよ。少なくとも指輪物語全巻とぽっぺん先生シリーズは大人買いして読んだのだが……。

 書いていて、一番本を読んでいたのは高校時代だと気づかされた。そうだったのか。さてもさても何を読んだか覚えていないことよ。読書記録はなるべくつけていきたいものだ。自分のために。

2005年7月18日

『肉体の悪魔』レイモン・ラディゲ

その昔、実家の父の書斎で背表紙を見たような気もする。
薄い本なので寝る前に少しずつ読んでも3日ぐらいで読了できた。
本の内容が多少夢見に影響したが、さほどの悪影響でもない。

どこかのレビューにもあったが、最初は少し退屈。でも、途中から面白くなる。
主人公が何をしたいのか、どうなりたいのか。マルトは性悪なのか、溺れているのか。

個人的に年下の異性には興味が無いので直接共感しにくいところもあるのだが、
それでも恋いこがれる気持ちはよくわかる。

『恐るべき子供たち』ジャン・コクトー

恐るべき子供たち

こちらは『肉体の悪魔』に比べて最初から読みやすかった。
同じく父の書斎にあったような。
『さようなら、ギャングたち(著・高橋源一郎)』の
「アガートは大好きさ、フレガートが」は
ここから引用されていたことがわかって嬉しい。

環境もお金も友人も何もかもが彼らの救済にはならなかった。
色彩的な描写が美しく、それぞれに象徴的な色が付与されている。
白、赤、黒。空気を感じる。
これも結末に驚いた作品。とても哀しい。

2005年7月19日

『異邦人』アルベール・カミュ

異邦人

「昨日、ママンが死んだ」と「それは太陽のせいだ」のおかげで
『悲しみよ、こんにちは』や『太陽がいっぱい』と混同していた。
全然違いました。舞台はフランスではなくアルジェリア、主人公は若い男性。

すべてを淡々と眺めて客観的に綴られる一人称は淋しく、
そんな彼を愛してしまったマリイの言動にはとても共感できる。

彼が駄目なわけではなく、基準が違っただけなのかな。
自分が正しいと思わない人間はいない。私だってそう。
感情のありかたや、その表現の仕方は人それぞれだろう。
演技するかしないかも自由。

※ムビ作りの時間はすべて読書に費やされ中。

2005年7月20日

『郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす』ジェイムズ・M・ケイン

郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす

ちょいとフランス文学から離れてアメリカ文学。
訳が何種類かあり、
「絶対に早川の小鷹信光訳で読め」
とのお言葉をいただいたので素直に従う。
映画は見たことありません。


フランク、かわいそうなあなた。

それで幸せになれると本気で思っていたの?

どうしてそうしようと思ったの?
それが一番いいやり方だったの?

賢くないね。

コーラ、かわいそうなあなた。

焦ってたの? 嫌だったの? それとも飽きてたの?
愛なの? それとも非日常なの?

あなたの中に女の冷酷さを見ました。

「やっちまった」

すごい言葉。すごくわかる言葉。炎とはまさにこのこと。
ただし、光が強烈であればあるほど鎮火は早い。
飛んで火にいるなんとやら、その魅力にあがなうことができようか。
彼女にとって背徳の魅力だったのか、彼の本心の愛だったのか。

最後はやっぱりそうなっちゃうのね。
悲しいね。哀しいね。

おわりのページを読み終えたとき、
私も祈らずにはいられませんでした。

2005年7月25日

人間関係の把握が難しい

現実の人間関係のことではなく、小説のお話。
現在読んでいる小説で複数の人間が出てきて血縁関係もややこしいので少し人間関係の把握に手間取っている。

こういう時の対処策は昔からひとつ。たいしたことではなく、単純に登場人物の相関図メモを作ることだ。

人物の名前、年齢、他の人物との関係、その他なんでもどんどん書き込む。
風貌が描写されたら絵も描く。これで随時把握していける。このやり方を行ったのは過去に数回。

■超長編映画「マハーバーラタ」を見ていたとき。
上映時間5時間。さらに前衛的な映画だったので、どうみても親子に見えない親子が出てきたり、人種入り乱れてたり、系譜入り乱れてたり。ついでに名前がややこしいの続出で混乱した。ユディシュティラ、ドゥリオダナ、ドリタラシュトゥラ。ややこしい! クリシュナがかっこよかった。ハレ クリシュナー、ハレハレ クリシュナー。DVDが欲しいがPALかリージョン1しか存在せず。NTSCでリージョン2もしくはフリーリージョン希望。日本語字幕つけろとまでは言わないから。

■「ツインピークス」を見ていたとき。
説明無用変態D・リンチの変態ドラマ。「難解系ブーム」と言われていた当時、登場人物の多さとオカルトとサスペンス入り乱れで視聴者を大混乱に陥れる。面白さ最高で、翻弄されるの大好きなマゾ視聴者はハマりまくる。私も学生時代ハマりまくった。Kと二人で下宿に数日こもって全話見たものだ。ラストは微妙。

■綾辻行人の小説を読んだとき。
具体的には「館」シリーズの数冊。翻訳物のミステリーはたいてい人物紹介がカバー見返しにあるのだが、確か講談社文庫の「館」シリーズには無かったように思う。10人近く登場人物出てくると、さっぱり把握できません。


相関図メモのおかげで一通り把握できたので、読みすすめることにする。

※ちなみに読み切り漫画の登場人物の目安は4人ぐらいが適当だといわれている。キャラクターをイメージさせやすい命名も大事だそうな。勇ましい人物なら勇ましい名前、弱気な人物なら弱気そうな名前。参考までに。

2005年7月28日

『武蔵野夫人』大岡昇平

「武蔵野に住んでて“武蔵野夫人”を読んだことが無いなんて」と、
とある宴席で指摘されたのでやっきになって読んだ。

武蔵野といえど武蔵野市のことではなく、国分寺や武蔵小金井のあたりが舞台。
小金井の皮膚科や西国分寺の印刷会社にはちょくちょく行くので
知っている地名が出てきて面白かった。

役割論については共感できた。
誰しも意識・無意識にかかわらず役割を演じているのだろう。
夫、妻、子供。兄、妹、姉、弟。
そういえば「家族ゲーム」なんてのもあったね。

「誓い」はくだらない。
背徳の関係で、すでに裏切ったものがあるというのに、
今更なにを誓おうというのか。

最後、ヒロインの決着のつけかたに納得いかず。
時代の気風というものもあるのだろうが、
なんというかもっとエゴに走ってもいいのではなくて?
それが不倫というものではなくて?
子供がいなければなおさらでしょうに。
それほどの代償を払う覚悟で惹かれたのでしょう?
実母が不倫の末に家を出て行ったのを見送った私は思うのだった。
周囲を巻き込んでおいて幸せに得られないなんてナンセンス。

2005年9月 5日

『昼顔』ジョゼフ・ケッセル

カトリーヌ・ドヌーヴの代表的主演映画の原作という程度の認識しかない状態で読んだ。
最近はなぜか日本人作家の作品よりも翻訳物の方が読みやすく、多少古い文体のこの本も楽しく読めた。
翻訳だと過剰な文章装飾が行われにくいせいだろうか。

舞台は1920年代後半のパリ。
第一次大戦後とアール・ヌーヴォーが去り、バウハウスができてアール・デコがやってきた時代。
同時にダダイズムとシュルレアリスムが生まれた頃。もうすぐロシア構成主義も流行するのだ。
ガブリエル・シャネルも服を作り始めているが、まだシャネルスーツは完成していない。
資産家の夫人達はコルセットをとっくに脱ぎ捨て、パリ・オートクチュールが黄金期を迎える。
世界恐慌と第二次大戦を目前に控え、富裕層の文化は華やかに競うように咲き誇る。

主人公はそんな時代の裕福な医者の妻、セブリーヌ。
傍目には満ち足りていた彼女は、自分が持っていなかったものに気づく。
彼女は「昼顔」となることでそれを得られるのだが、代償も大きいものだった。
それは、本編の最後の一文を読んだときにぞっとしたほど大きい。
その後が書かれていないだけに想像をかきたてられる。
「家庭を壊した女」に心当たりがあるだけに、肩がこわばるほどだ。

しかし、彼女の心の動きを追うのはとても面白かった。
すべてを円満におさめるには、彼女では足りない部分が多かったのだ。
それは、判断力だったり、機転だったり、他者の感情に対する想像力だったり。

ドヌーヴ主演の映画は未見だったが、監督がルイス・ブニュエルと知り、俄然見たくなった。
どうやらシュールな映画らしい。なにせ、シュルレアリストでダリの親友だったブニュエルだけに。
映画『昼顔』の撮影は『アンダルシアの犬』から約40年後なので、
かなり後者とはおもむきが異なるものだろうと思われる。
ドヌーヴが大物女優なおかげでレンタル屋にあるだろうから、いずれ借りて見てみよう。

ちなみに新潮文庫版は絶版。私は古本屋で購入した。
現在は電子書籍化されており、下記のページから購入可能。
http://books.bitway.ne.jp/shop/mt-list_thum/trid-auth/ccid-auth_ka/sort-new/auid-2540/start-1.html

2005年10月 5日

なんじゃもんじゃ博士

探してみるもんですね。
なんとなく思い出して検索すると発見してしまい、運命を感じた。
私の人生で大事な本の一冊だから(実際は二冊)。

なんじゃもんじゃ博士 ハラハラ編

なんじゃもんじゃ博士 ドキドキ編

思い起こせば小学1年生の時。
例によって図書館で面白い本はないかと物色していた私の目に飛び込んできた本が、
ピンクの表紙の「マンガどうわ なんじゃもんじゃ博士」。
恐らくかなり昔に絶版になっており、
ちょっと前に復刊.comなどで復刊投票が行われていたものだ。

何がそれほど人生で大事なのか?

題名に「マンガどうわ」とあるように、これはある意味マンガだ。
しかし、いわゆる漫画を想像して読むと意表を突かれてしまうこと確実。

必ず1コマめは「博士とゾウアザラシがやってきました」から始まり、
見開き15コマに描かれた一人と一匹の旅は、
毎回変なオバケや動物によって事件に巻き込まれてしまうが、
最終的には無事に旅を再開する。
ただそれだけ。
ただそれだけなのに、すごく魅力的。
これが「母の友」誌に延々200回も連載されていたのだ。

小1の私は図書館でこの本を借りるや否や、どっぷりハマってしまう。
それは、模倣した漫画をノートに書き続けてしまうほどに。
博士とゾウアザラシに倣って、主人公は私の父がモデル。居候の猫は私。
タイトルは覚えているけれど、あまりにも恥ずかしいので秘密。
この漫画はクラスの女の子や掃除当番でやってくる上級生にも好評で、
毎回描く度にみんなに回覧されたものだ。
思い出せるかぎり、人生で初めて描いた漫画である。

それほどの影響力があった漫画が、復刻されている。
これを買わずにいられようか。いや、買う。絶対買う。

そんなこんなでamazonから本が届き、夢中で開封する私。
博士とゾウアザラシに再会するのは実に23年ぶりである。
それは、記憶よりもかなり不条理で、
いや、もう最高にほにゃほにゃとしていた。
イイヨー、イイヨー。

ムビ作ったり、ゲーム作ったり、
漫画描いたり、子供向けコンテンツ作る人はぜひ読んでいただきたい。
脱力系と不条理系が好きな人にもおすすめ。
そしてもちろん小学生ぐらいの子供たちにも!

2005年10月20日

『マノン・レスコー』アベ・プレヴォ

マノン・レスコー

読了まで少し時間がかかってしまったが、基本的にサクサク読めた。
主人公のシュバリエ君のひたむきなダメさが面白かったが、
これは時代によってはかなり真面目な恋愛小説だと受け止められたのではなかろうか。

私の感覚からすると、マノンは頭が悪く金品に弱い女にしか見えなかったが、
ラストから受ける印象では聖女もかくやといえるほどの愛を持った女性という設定なのだろう。
『昼顔』のセブリーヌの方がよっぽど共感できたんだけどなあ。

いずれの時代でも、女は金品と豪奢な生活に弱いというのがよくわかるお話し。
一度味わった贅沢な生活は忘れられないという気の毒さを感じた。
シュバリエ君は頭悪くなさそうなので、もう少しうまく立ち回れたのではないだろうか。

2006年2月 3日

仕事の合間の読書とか。

あっさりと「ユージニア」読了。やはり想像通りで最後はよくわからない感じ、消化不良な感じ、なんだったんだーな感じ。途中は面白いんだけどねえ。あ、冒頭で表現されていた「夏のけだるさ」のくだりはすごく良かったです。

というわけで、オチがイマイチなのはわかってるけど「Q&A」を再読開始。なんとなく再読したかったので図書館で借りておいたのでした。今年はかなり図書館を活用できていい感じ。

ちなみに吉川三国志も2巻に突入。吉川版の呂布はなんだかエラそうなだけでイヤだなあ。今週は打ち合わせで外出することが多かったせいか、読書が進む進む。もっと読むぜ。

そんなこんなで仕事してたら恵方巻きを食べ忘れました。関西人として悔しいかぎりです。

2006年2月 6日

Q&A読了。

Q&A

去年に一度読んでいるのだが、なんとなくまた読みたくなって図書館で借りていたのだ。

日曜の午後、郊外の大型スーパーで大事故が発生。死傷者も出る大惨事になるが、原因となるものがわからない。小説は生存者や関係者へのインタビューだけで構成され、読者はだんだんと事故のあらましがわかってくる……という仕掛けなんだけど。

うーんうーん、そうなのさ。アイデアはすごくいいと思うのに、どうしてそんなオチなのさ。
最初はとても面白いくせに、後半1/3が途端に陳腐でつまらなくなるのは同じ作者の『ユージニア』同様。やっぱり恩田陸作品とは相性悪いのかなあと思いつつも、懲りずに『夜のピクニック』を読み始める。

『夜のピクニック』は高校生が主人公。学校行事の夜間ハイキングが舞台となっている。参加者は全校生徒で、24時間で80キロを歩破するらしい。以前に、KとEYEちゃんから同じような行事のことを聞いていただけに、少し親近感を感じながら読んでいる。今のところは、とても面白い。この感想を読了後にも持っていたいのだけど……。来週には読み終わるだろうから、自分的に乞うご期待。

2006年2月12日

『夜のピクニック』恩田陸

夜のピクニック

個人的に「恩田陸は面白いのかどうか確認キャンペーン」中なので、既読2冊がイマイチだったにも関わらず果敢に挑戦する私。

主人公は高校生の男女、貴子と、融(とおる)。舞台は毎年行われる学校行事の夜間ハイキング《歩行祭》、およそ一昼夜の間のできごと。

男女が主人公だからといって、この二人のラブストーリーでは無い。むしろ、ある理由から“かれら”はお互いに一言も言葉を交わした事がないぐらいだ。三年生の二人にとって最後の歩行祭で、それは受験・卒業を目前にした高校生活最後のイベント。

一昼夜歩き続けるという非日常の中で、友達との関係、貴子と融の関係がどう変わるのか、変わらないのか。文字通り切っても切れない筈の縁は切れてしまうのか。貴子が密かに行った賭けの勝敗も気になりつつ、ぐいぐいとひっぱられるように読んだ。

読後、「がっこう」という場所にいられる時間は、終ってみると本当に短かったんだな、と再認識した。幼稚園・小学校から永遠に続くかと思われた学校生活は、実は人生の中ではほんの少しの時間しか過ごせないのだ。読みながら、ずっと自分の高校時代を思い出していたような気がする。《片親》という意味でも感情移入していた。

ラストはいい意味で予想通りだった。これなら納得、満足。

今のところ、私にとっての恩田陸は1勝1敗1分け。もう1〜2冊読めば、個人的な評価が決まることだろう。次はやはり話題作だった「六番目の小夜子」かな。

2006年4月20日

ひさびさ更新なんですが。

覚え書きで恐縮です。

忘れないように3月以降に読んだ本のメモ。

「博士の愛した数式(小川洋子)」
「夜市(恒川光太郎)」
「マリー・ベル事件-11歳の殺人犯(ジッタ・セレニイ)」
「カスピアン王子のつのぶえ(C.S.ルイス)」

全部図書館で借りた本なのが嬉しい私は関西人。
住民税、なんぼでも取り返すで。

今読んでいるのは「どくろ杯(金子光晴)」。もうすぐ読了。
これは図書館ではない。

読んだ本それぞれに読書感想文を書く余裕があるのか否か。

レンタルやら手持ちのDVDやらで見た映画。

「JFK(オリバー・ストーン)」
「ベニスに死す(ヴィスコンティ)」
「アリス(シュヴァンクマイエル)」
「ファウスト(シュヴァンクマイエル)」

すべて再視聴。以前に一度ないし複数回見たことがあるもの。
シュヴァンクマイエルの「ファウスト」はとてもとても好きな一作。
シュールでエロティックでかわいらしくて、最高。

「ベニスに死す」はVHSしか無かったのが残念。
なぜか私の記憶ではモノクロだったのだが、カラーだった。
なおさら、DVDで細やかな部分が見たかった。

借りたい映画はヴィスコンティの「山猫」。
「神々の黄昏」もまた見たい。どっちもかなり長尺だが。

チェコアニメ映画祭も映画館に見に行かねば。
昨今の「アニメ」ということばから想像するものとはあまりにも違う「アニメ」がそこにある。

来月は「ダ・ヴィンチ・コード」も。
前売り券を買ってしまうほど楽しみ、主にロンドンとパリの描写が。

「ル・ボーズ」という小説を幸運にもネットで2章まで読むことができたが、
それ以降はいつ読めるようになるのか不明。
ネット小説といえば、今読んでいるのは「ササイ」。某SNSでも応援している。

2006年4月22日

『紫の履歴書』美輪明宏

紫の履歴書

美しい美輪明宏様の自伝。
初版はかなり古く1968年、てっきりもっと最近だと思っていた。
改訂を重ね出版社を変えて4回目の出版が1992年。
24年経過しても改訂版が出るというのはすごいことだ。

内容は幼き丸山臣吾坊ちゃん(まだ少年ですらない)の記憶から、33歳までの自伝。
三島由紀夫の『黒蜥蜴』初演のあたりまでである。
最近、自伝というものにいろいろ興味があり、その一環で図書館で借りた。

やはり三輪さんは歌手で役者なので、あまり文章はお上手ではない。
子供の頃の“チーヨ”と呼ばれていた頃の描写は美しくて良かったのだが、
思春期を終えて青年になっていくあたりから、退屈してしまったのは事実だ。

なにが読みにくいのかといえば、やはり説明不足のせいだと思う。
そもそも“チーヨ”というのが幼い頃の愛称だということも書いていないし、
なぜ丸山臣吾が丸山明宏になって、美輪明宏になったかも書いていない。
そして、折々の彼の恋人たちも、すべてMだのJだのとアルファベット表記なので
それぞれの人物を想像できない。
男性同士の恋愛の話で、初版が1968年ということも影響していただろうが、
やはり、そこは仮名にする工夫などが欲しかったと思った。

そんなことを偉そうに書いている私だが、
実はこれは受け売りで、先日の飲み会で自伝の書き方について聞いたからこそ得られた視点だ。
なるほど金子翁の「どくろ杯」は全員が実名もしくは仮名なので、
たくさんの人間が登場しても混乱せずに興味深く読めるあたり、詩人と役者の違いだと思った。

図書館から借りている本や、読みたくて手元にある本は数冊たまっているのだが、
自伝をいろいろ読み比べてみるのも面白そうだ。

ちなみに現在のバックオーダーは金子光晴の自伝の続き、ナルニアの続きなど。
そろそろハリーポッターも再開せねばと思っているが、どうなることやら。
三国志も北方版、吉川版、いずれも2巻ぐらいでストップしているし。
春の眠気が悪いのだと言い訳しておこう。

2006年5月 3日

『どくろ杯』金子光晴

どくろ杯

ようやく読了。詩人・金子光晴の自伝その1。
結婚して上海に行くまで。

詳細な記述は自伝とは思えないほどで、筆者の記憶力とその補完力に感動する。
三輪さんもこれの半分ぐらい詳細に書いてくれたらいいのに。
金子翁は詩人で文章のプロなので上手なのは当然だけどね。

自伝なので、伏線や盛り上がりは特になく、
淡々と小さな事件や大きな事件が起きてはまた去って行く。

そんな中、さりげなく描写される筆者と三千代夫人の就寝風景が好きなのは私だけだろうか。
腿を重ねたり、肩にもたれたり。そういうニュアンスが好きだ。
私が女だからかもしれない。甘過ぎない、夫婦の関係。
妻には恋人がいて、筆者もそれを知っているというのに。

そうそう、カタカナで表記される当時の外来語も興味深い。
頻出する“アナルシスト”が“アナーキスト”だとわかったのは、
本の後半になってからである。

残り2冊、すぐに読むのがもったいないほどだ。

2006年5月 7日

『朝びらき丸 東の海へ』C.S.ルイス

朝びらき丸 東の海へ

ナルニアの3冊目、ささっと2日ぐらいで読了。
うーん、残念ながら『指輪物語』の方が物語が複雑で面白く、
『ハリー・ポッター』の方がエンターテイメントとして楽しい。
そして、教訓的ないい話しとしては『はてしない物語』に軍配があがる。

シリーズは7冊あるので、一応全部読むつもりではいるが、
買ってまで読むほどではないといった感じ。ありがとう、図書館。

ただ、子供の頃に読んでいたらどうだったかはわからないので、
三十路で初読するには適さないだけなのかもしれない。残念。
心の汚れた大人になってしまったことよ。

2006年5月11日

『ジョン・レノン対火星人』高橋源一郎

ジョン・レノン対火星人

初めて書名を知ったとき、私は小学生だった。
同じ著者による『さようなら、ギャングたち』の最後のページには
著者の略年譜が掲載されていた。
その一番最後、すなわち最新の欄に「ジョン・レノン対火星人を執筆中」とあった。

ビートルズを愛する母のおかげで、ジョン・レノンのことは知っていたので、
なんでまた、ジョン・レノンが火星人と対決するのだろうと不思議に思ったものだ。
そして、この書名はきっと冗談に違いないと思った。

中学生になって、『ジョン・レノン対火星人』が文庫になっているのを本屋で見つけた。
セーラー服を着た私は、早速それを小遣いで買った。
小説の中では、中3の理科1分野で学ぶ「右ねじの法則」が引用されており、
学校でまさにその単元を学んでいた私は、あまりのタイムリーさに驚いたものだ。

閑話休題。
それ以来何度か再読しているこの小説の一冊なのだが、
なぜかここ10年ぐらいは読んでいなかった。
一昨日、たまたま天袋の箱の中から発掘したので、
10年ぶりに再読することにした。
私の記憶が確かならば、金子光晴の名もこの本で知った筈だったから。

小学生からは多少知識の増えた目で読むと、いろいろな発見があるものだ。
当時は日常でありながらも奇妙な描写に夢中だったが、
今になってようやくストーリーがつかめたような気がする。

深淵によって目にするビジョンのすべてが死体で埋め尽くされている「すばらしい日本の戦争」、
その彼を救うべく「わたし」と「T・O(テータム・オニール)」は尽力する。
「わたし」の恋人のパパゲーノ、T・Oの同僚の「石野真子ちゃん」も手伝う。
主にT・Oの愛ある“レッスン”によって、
「すばらしい日本の戦争」は深淵か徐々に逃れられるようになり、
“死体を見なくてもすむ時間”は増えていく。
しかし、物語は悲しい結末を迎える。

正直にいうと、前著の『さようなら、ギャングたち』よりは荒い印象(結末は特にそう)で、
完成度としてもそちらの方がいいだろう。
ただ、冒頭から後半にかけての流れるような展開と、
随所に挟まれる“チャーミング”な挿話は、とても高橋源一郎らしく魅力的だと思う。
その“チャーミング”具合の感じ方は、
15歳だろうが32歳だろうが、私の中では変わっていなかった。素直に嬉しい。

ちなみに金子光晴は“いちごちゃん”に同情される姿で冒頭に現れる。
また、金子光晴本人ではないが、
“金子光晴がこれから書こうとしているハードボイルドなイエス・キリスト”は
横浜の山下公園で主人公と遭遇している。

今回気付いたのだが、高橋源一郎は一人称を「わたし」と平仮名で開いて表記していた。
一人称は単純なようでいて、作中にかなりの頻度で登場する言葉なので、
どのように表記するかは、実はかなり重要なものかもしれない。

『さようなら、ギャングたち』や『ペンギン村に陽は落ちて』を再読したくなった。
また、天袋から発掘されることが期待される。

2006年6月 9日

最近の読書。金子光晴および椎名誠のSF。

今読んでいるものは金子光晴の「ねむれ巴里」。
タイトルがパリなのに、まだまだ舞台はクアラルンプール。
なぜか諸葛亮の南蛮侵攻が比喩として出てくるのが面白い。
やはり、三国志は基礎知識として知っておく必要がありそうだ
(いつも途中で挫折しているので、半端な知識しかないけれど)。
さほど厚い本ではなく、するすると読めるのだが、
改行がほとんど無いので、実は文字量はかなりある。
それだけ楽しみが持続するということなので、喜んで寝床で読んでいる毎日。
読み終えたら、あらためて感想を書こう。

さて新聞の広告欄で椎名誠が新刊を出したことを知る。
タイトルは『砲艦銀鼠号』。登場人物は灰汁(あく)、可児(かに)……ということは、
これはもしかしなくとも名作『武装島田倉庫』の続編(?)ではないか!

椎名誠のSF三部作『アド・バード』、『水域』、「武装島田倉庫』、
どれも高校時代に大好きだった小説たちだ。
SFなのにピカピカした雰囲気は無く、むしろ錆や木っ端や廃墟に囲まれ、
登場する固有名詞もカタカナではなくあくまで日本語で、
日本のなれの果てのような、日本の異父弟のような世界が舞台である。
思い出したら楽しくなってしまったので、簡単な説明を。


アド・バード

ふたつの広告会社によって行われた広告戦争の結果、人間が住めなくなった世界。
改造されて人間の脳髄を埋められ、永遠に広告を発する生物が徘徊する中、
主人公マサルと弟の菊丸は父を探しに出かける。これが『アド・バード』。

初読のとき、よもや自分が広告業界(の端くれ)で暮らすことになるとは夢にも思わず、
今読み返すと、また違った見え方をするのが面白い。
とはいえ、主人公が少年なので普通に冒険小説としても楽しめる。
※ちなみにハードカバーの方が表題ロゴがかっこいいのでおすすめ。
 たむらしげる氏の装画もステキ。


水域

『水域』。すべてが水に沈んだ世界、人々は船に乗って“水域”で生活している。
産業などは何もなく、物々交換か釣りか、過去の遺物を拾う日々。
怪異な生物、ツバハキウツボ、スソガラミ、サキヌマドクタラシ。
主人公ハルが出会う事件。悪人、善人。廃墟となったホテルは建物の先端だけを水の上に覗かせる。

個人的にはその前編といえる短編『雨がやんだら』が怖くて大好きなのだが、
『水域』の方がエンターテイメント性が上がっている。
※ちなみに『雨がやんだら』は雨が降り続く世界の女の子の日記の体裁をとっている。
ただの長雨だと思われていたのに徐々に危機感が増大していく。
それを女の子のそっけない文体が淡々と描写し続けるのがさらに怖い。


武装島田倉庫

そして『武装島田倉庫』。近未来、主人公・可児(かに)が島田倉庫に就職したところから始まる連作中篇集。
白拍子と呼ばれる略奪武装組織から自衛するために島田倉庫は武装し、巨大装甲車は山道を駆け巡る。
北政府は“知り玉”を飛ばして人々を監視する。生物は異常進化し、人々に襲いかかる。

なにが素晴らしいって、独特の名詞群だ。地名だけでもすばらしい。
泥濘湾(でいねいわん)、総崩川(みなくずれがわ)、肋堰(あばらダム)。
あぁ、わくわくする。


一番好きなのが『武装島田倉庫』だったので、この新作の報はとても嬉しい。
金子光晴の次に読むのはこれに決定。もちろん、『武装島田倉庫』から再読する。

2006年6月16日

仕事関連で漫画を。

描くんじゃなくて読んでいる。
エッセイ漫画の類いだが、漫画家さん本人が新人さんということもあり
なんとも中途半端な印象でもったいない。題材はすごく面白いのにね。

まだ3巻までしか読んでないので、
手元にある4〜5巻でどれだけ成長(失礼)するかが楽しみだ。

さて、エッセイ漫画といえばおすすめはやはり西原理恵子先生。
ここ最近のは読んでいないのだが、鳥頭紀行やできるかなシリーズは大好きで今でもたまに読み返す。
乱暴そうに見えて、実はすごく優しい人だというのが伝わってくるので読んでて嬉しい。
ちなみにサイバラ先生は私と同じ地域にお住まいのようで、
街で目撃できないものかと(勝手に)楽しみにしている。

鳥頭紀行ぜんぶ

できるかなV3

もうひとつ。エッセイ漫画のおすすめは「夫すごろく」。
堀内三佳さんによる長期連載で、
そこまで描くかというほどにご一家4人とその周辺の人達の日常が細かく描写されている。
実際に画面そのものも細かい文字でこれでもかと書き込んであるので、
読み応えたっぷりなので、コストパフォーマンスもいい感じ。
「夫」氏の料理レシピは我が家でも度々真似ている。
ギャグ漫画タッチの絵なれど画力は白眉モノで、何気ないコマの絵でもすごく上手さを感じる。

夫すごろく 5 (5)

2006年6月30日

『ねむれ巴里』金子光晴

ねむれ巴里

金子光晴の自伝、その2。
シンガポールからマレーシアを経由してマルセイユへ。
ついにパリで夫人と合流。
パリでの借金と嘘にまみれた生活、そしてブリュッセルへ。

いろいろと移動はしているが、やはりメインはパリでの生活だ。
夫人と再会しつつもうつろな夫婦関係を続けつつ、
とにかくもお金が無い辛さと、
パリの華やかな外見の底に沈殿している欲と嘘が綴られる。

しかし、それでも筆者はパリが好きなのだ。
餓死寸前であろうと、ゆすりたかりを続けることになろうと、
人種を問わず男達の視線を集める三千代夫人の存在が気がかりだろうと、
在パリの日本人たちの不憫な状況を目の当たりにしようと、
それでもしぶとくパリにいて、パリにこだわる。

後半、ブリュッセルに移動してもそれは続き、
パリとの比較、ブリュッセルからパリへの小旅行が述懐されている。

夫婦で日本に帰国する金が用意できず、
三千代夫人を残して一人でアントワープから旅立つところで本編は終っている。

私は金子光晴の生涯をまったく知らないので、
どうなることかとはらはらさせられたまま、最後のページを閉じた。
続きは自伝その3の『西ひがし』にて。

2006年8月10日

テレプシコーラの9巻

最近の昼食は、もっぱら近所のパン屋のパン。
もともとはこのあたりで有名なケーキ屋だが、
先月、我が家の近所にパン屋をオープンしたのだ。
パンはお店で焼かれており、毎日焼きたてを食べられる至福。
いろいろな種類のパンが売っており、どれもハズレは無いのが嬉しい。
今日はハモンセラーノとカマンベールのサンドイッチにした。

本屋で「舞姫 テレプシコーラ」の8巻を購入。
先日買った9巻と合わせて一気に読了。
なかなかに容赦の無い展開で、とても続きが気になる。

舞姫(テレプシコーラ) 9 (9)

繊細で美しいバレエという題材の中に
作者・山岸涼子独特の怖さが混ぜ込まれたとても面白い作品だ。
デビュー2年目にして描かれた傑作「アラベスク」から約30年後、
現在の山岸涼子が現在のバレエ業界事情をふまえた上で描く。
親の見栄、バレエ教師同士の事情、
うっすらと匂わされている“いじめ”、
児童ポルノの問題、インターネットの噂の問題。
バレエ漫画とは一言でくくれない数多の要素が複雑に絡み合っている。
掲載誌がダ・ヴィンチというのもトリッキーで面白い。
年に1〜2冊は単行本が出ているのも、読者としては嬉しい。

夜は仕事をしつつ、発表会のプログラムのプリントを山盛り。
なぜか、毎回私(及びK)がプログラム作成担当になっている。

2006年9月16日

『チェコのマッチラベル』

前々から欲しくてようやく入手できた一冊。
1950〜60年代の社会主義国家時代のチェコスロバキア共和国のマッチラベルを集めた本。
こういう本を出すのはもちろんPIE BOOKS。大好きな出版社だ。

当時のチェコではプロパガンダの一環としてマッチのラベルが使われており、社会主義国らしいスローガンやら国の宣伝やらが、さながら記念切手のように色とりどりにデザインされている。

チェコは古くから人形の国でもあり、現在でも「チェコアニメ」というジャンルが確立されているぐらいに愛らしいキャラクターを作らせると絶品なのだが、そこにロシア構成主義に代表される幾何学的な抽象性も加わり、とても美しいデザインができあがっている(“samolost”のJakub氏もチェコ出身だ)。

当時はプロセスカラーによるフルカラー印刷が高価だったのか、ほとんどのラベルが3〜5色の特色刷りで、網点も無いベタの色面によってデザインされている。この配色センスがよろしくて、ヨーロッパ的な原色と中間色の使い方は、今見てもまったく遜色が無い。

プロセス4色が全盛の現代では特色印刷の方がコストがかかるせいもあり、多色刷りの見本としても貴重な一冊。もちろん、資料的な価値だけではなく、単純に眺めているだけでも楽しい。

このすてきな本を、いかに次の仕事に活かしてやろうかと目論んでいる。

チェコのマッチラベル チェコで見つけた、あたたかなともしび
南陀楼綾繁
ピエ・ブックス (2005/07/10)
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2006年9月18日

「F.S.S.」と「アルカサル」

今日のエントリはオタクな内容なのであしからず。

世間は皇室関連のニュースで賑わっている。
同時に「皇位継承権」「皇位継承順位」などという言葉もよく耳にする。

そうなるとだね。
私としてはグリース王国の光の神様とか、スペインのペドロ残酷王を思い出してしまうのですよ。

前者は永野護の「ファイブスター物語(F.S.S.)」の主人公、
後者は青池保子の「アルカサル」の主人公。
いずれも大好きな漫画で、
皇位継承を巡るドロドロだの、政略結婚だのがてんこもり。

そんなわけで現在、「F.S.S.」を読み返す日々。
永野護、変態で最高。
何度読んでもクリスのシーンは泣ける。
そして「クローソー、コーラスを救ってくれ」のシーンで
すでにコーラス三世が死んでたことに今頃気づいた私。
Kに激しくバカにされる。

現在「F.S.S.」は7巻あたりを読んでいる。
残りの5冊を読んだら「アルカサル」を押し入れから引っ張りだすことにしよう。

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2007年3月19日

『理由』

理由 特別版

(2004年 日本)監督:大林宣彦
http://www.wowow.co.jp/stock/riyuu/

 もろもろの多忙も少し落ち着きが見え始めた。今夜はDVDを見る余裕があったほどだ。DVD見るのは何週間ぶりだろう。映画館も久しく行く余裕がなかった。

 キムチから借りた「理由」をDVDで鑑賞する。
 かつての下町・荒川区の高級マンションで起きた一家四人殺人事件を主軸に、総勢107人の登場人物による証言で構成されている。この107人を演じた役者陣が豪華で、これだけの面子を集められたのも大林宣彦ならではだろう。内容は107人という人数に混乱することもなく、ミステリーの真相に向かってぐいぐいとストーリーに引き込まれる。ところどころにいわゆる「大林臭さ」が漂っているので、そこで好き嫌いが別れるかもしれないけれど。
 宮部みゆきによる原作も面白そうなので、読んでみたくなった。

 「理由」の余韻が残っているにもかかわらず、就寝前には先日から再読していた「アルジャーノンに花束を」を読了する。初読は10年以上前か。
 初読のときと同じように、「同じような題材なら、映画“レナードの朝”の方が好きだな」という感想を持つ。“レナード”は実話だしね。デ・ニーロだしね。

2007年5月10日

ばたばたと連休。橋本源氏。

 なにがアレって連休前後は公私ともにめまぐるしい日々だった。

↓めまぐるしい日々ここから

 “公”の部分では「連休明けにお願いシマスー」という案件をステキにどっさりいただいたり、納品した筈の“なんだかすごい突貫スケジュール”に苦しめられたり、Flash Liteのfor文の書き方でで悩んでJ先生に助けていただいたり、仕事だということを忘れるほどに夢中になってる某ネットショップのカスタマイズに燃えてみたり。

 “私”の部分では、従兄の結婚式があったり、朝の7時に美容院でセットしてもらったり、実家の父が我が家に滞在したり、なぜかKはピアノの師匠のコンサートスタッフに駆り出されたり。ついでに私の誕生日があったり、学生時代のゼミの友だちと緊急同窓飲み会があったり。

↑めまぐるしい日々ここまで

 さてもさても、ばたばたしていたものよ。


 そんな合間の「一人の娯楽」といえば、やはり橋本源氏。ようやく9巻の「若菜(下)」まで到達し、第二部の役者が揃ったところ。ついに出ました、女三の宮の降嫁。

 橋本源氏は各帖の冒頭に年齢付きの系図があり、今まではあまり気にしなかった登場人物の年齢を把握できるのが面白い。
 光源氏は故・藤壷の女院の面影を求めて女三の宮を娶ったあげく「予想外に幼稚」だと失望する。降嫁時の光源氏は40歳、女三の宮は14歳。そりゃあ、いくらなんでも物足りなくて当然でしょう。事実上の正妻・紫の上ですら31歳になってるのだし、比較される女三の宮が気の毒になってくる。
 さらに同じ頃、源氏の娘・明石の女御が春宮の子を懐妊している。年齢を知って驚いたことに、春宮は14歳で明石の女御は12歳である。橋本源氏において、朱雀院とその息子の春宮はねちねちといやらしいニュアンスで描かれている。朱雀院はぱっとしないまま譲位したダメな上皇だし、春宮は早熟で女好きな印象だ。その影響なのか、光源氏は実の娘・明石の女御すらもあまり好いてはいない様子をかもしだしている。むしろ、血がつながっていない玉鬘を尊敬して溺愛しているようだ。

 橋本治の「窯変・源氏物語」は現代語訳ではなく意訳小説なので、そのあたりは筆者の解釈なのかもしれない。谷崎やら円地やらの現代語訳を読んで比較してみたい気もするが、なにせ54帖もあって長いので躊躇してしまう。
 読みかけの「若菜(下)」では、いよいよ柏木と女三の宮の密通のシーンが登場する模様。因果応報なのかしらね。

2007年5月12日

いらないけど捨てたくない本

 8時に目覚める。ポンジュースを飲んでネットの巡回をする。メールを確認するも、さして重要なものも無く。やっぱり眠いので布団に戻る。

 昼過ぎ、Kに声をかけられて起こされる。この週末は珍しく急ぎの仕事が入っていないので、今日は一日仕事を忘れることにした。まったく仕事をしない日は滅多にないので、とても嬉しい。

 連休前後から家の片付けを進めている。もっともっとモノを減らしたい。どうせいつの間にか増やしてしまうのだから、ちょっとでも「不要」と感じたものは躊躇せずに処分し続けたい。でも、ゴミにするのは気が引ける。
 そんな行き場の無い不要品のひとつが本である。

 昨夜、偶然から吉祥寺に新しい古本屋ができていたことを知った。その名は「百年」。店長氏のblogも読んでみて、良心的な印象を受けたので、「仕事しない日」に行くにはちょうど良さそうだ。
 早速、自分の本棚から「いらないけどゴミにはしたくない本」を数冊選んで持って行った。主に写真集や画集、服飾系の資料など。「ゴミにしない」が目的なので、タダで引き取ってもらってもいいぐらいなのだが、結果的に嬉しい値段で買い取ってもらえた。ついでに小説を一冊購入する。

 雑誌は躊躇せずに読んだらすぐ捨てるのだが、「書籍を捨てる」という行為はとても罪悪感を感じてしまう。基本的に買った本を紙ゴミの日に出す事だけは避けていて、たいていは人にあげたり、図書館の「ご自由にお持ちください」コーナーにこっそり放置したり、ネットオークションで売ったりする。
 とはいえ、それらの処分方法に当てはまらない本も出てきてしまうので困っていた。ついでに言うと、処分に困りそうな本を買う時にもいちいち罪悪感を感じていた。例えば、もらった方が困るような大型本や、図書館には不向きなサブカル本や、ネットオークションでは半年かけても売れないような本が該当する。それらの本は本棚の中で長年放置されたままになっていた。
 今日、買い取ってもらった本はそんな種類の本だった。行き場の無い本たちを有効に処分できた上にお金までもらえるとは、願ったり叶ったりである。

 「百年」はセレクトにこだわりを感じる古書店で、なんだか気に入ってしまったので、これを機会にさらに本を持ち込むことにした。次回は美術書や展覧会の図録の類いの買い取りをお願いしようと思う。
 ダリやクレーやウォーホルやリキテンシュタインや、展覧会に行くたびに買っていた図録だが、持ち帰ってもほとんど見返さない事に気付いた。「資料になる」と思って買った写真集などもそう。特に著名なアーティストの作品集なら、見たくなった時に図書館に行けばいいんだしね(あ、ビアズリーと九龍城砦関連の本は別格です。これらは中身が多少重複しようが10年間本棚で眠ってようが、まったく手放す気になりません)。
 そういう視点で本棚を見ると、処分できそうな本がいっぱいある。本棚に空間ができれば、本を買うことにも罪悪感を感じなくなるだろう。なるべくなら自分の本棚の中で完結できる蔵書量だけで生きて行きたいと思った。押し入れの中で箱に入ってたまりまくってる本もなんとかしなきゃね。

2007年5月16日

最近の橋本源氏

 気候が良い、すなわち寝床で読書するのに最適の季節となった。橋本源氏は10巻に入り、不義の子・薫が生まれ、柏木は死んだ。
 橋本源氏では"柏木"ではなく"右衛門の督"という呼称が使われている。他にも"夕霧"ではなく"息子"や"左大将"、"落葉の宮"ではなく"女二の宮"など、位階名や源氏から見た立場で表現されることがほとんどだ。地名が入る"六条の御息所"や明らかな固有名詞の"良清"はそのまま使われているが、後世になって固有名詞のように使われている名称は使わない方針のようだ。そういえば、古語で書かれた原文の『源氏物語』は主語が無い文章ばかりらしく、恐らくはそれを尊重しているのだろう。

 このペースだと来月には全14巻を読了できそうな雰囲気で、ますます読み応えがあって楽しい。本編終了後には、同じく橋本治による源氏物語にまつわるエッセイ『源氏供養(上・下)』が待っている。本そのものは既に購入済みで、ちらほらと目次を覗いただけでも面白そうでヨダレが出てきた。

 現在読んでいる10巻で光源氏本人が登場する物語は終わり、残る4巻以降は「宇治十帖」を含んだ光源氏の子孫の物語になる。いわゆる第三部というやつだ。個人的に第三部はあまり好きではないので、10巻を読了したら『源氏供養』に浮気する気配が濃厚だ。まあ、いずれは読むけどね、第三部。

 しかし、読むのも時間がかかるが、書く方もさぞや大変だったろうなと思う。裏表紙の著者コメントによると合計9000枚になるんだとか。もちろん原作を書いた紫式部の偉業あってこそだが、橋本治もがんばったんだなあ。
 我が家にある長編小説といえば『指輪物語(全10巻)』、『吉川三国志(全8巻)』、『北方三国志(全13巻)』などだが、私が読了したものは指輪物語だけである。三国志はいずれも途中で挫折しているので、死ぬまでに一度は通読したいところだ。まだまだ読みたいのに手つかずの本が世の中にはあふれまくっていることよ。

 以下余談。
 中学から高校にかけて読んでいた『グイン・サーガ(作・栗本薫)』は38巻ぐらいで挫折した。『グイン・サーガ』は現在113巻まで刊行されており、「個人による世界最長の小説」としてギネスブックにも申請されたが、複数冊だということで却下されたらしい。
 ギネスブックが認定した「世界最長の小説」は2004年まではプルーストの『失われた時を求めて』だったそうで、何十年も記録を保持していたとは知らなかった。もちろん、私は未読である。『グイン・サーガ』も再読する気力は無いので、実家に放置されている38冊は今後もホコリをかぶったままだろう(欲しい人がいたらタダであげます)。


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