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『once ダブリンの街角で』

ONCE ダブリンの街角で デラックス版
ジェネオン エンタテインメント (2008-05-23)
売り上げランキング: 410

(2006年 アイルランド)監督:ジョン・カーニー

公式サイト:http://oncethemovie.jp/

 近所の小さな映画館にて『once ダブリンの街角で』というアイルランド映画を鑑賞する。
 穴の開いたアコギで歌う男と楽器店の店頭でピアノを弾く女が、音楽を通じて恋に落ちるけれど、それぞれのパートナーとやりなおすために再出発するというお話。

 40歳を目前にした主人公は、掃除機修理の店を営む老いた父を手伝いながら、時間を見つけてはダブリンの路上で歌っている。昼はメジャーな曲を演奏するが、夜は別れた恋人をモチーフにした自作の曲を歌う。
 ある夜、主人公に声をかけたのはチェコ移民の若い女だ。出稼ぎでアイルランドに来ている彼女は、花売りや家政婦の仕事の合間に楽器店のピアノを触ることだけが楽しみだった。
 最初は彼女をいぶかしんでいた主人公だが、彼女と音楽を作ることが喜びとなっていく。二人はお互いに恋するようになるが「無意味よ」という彼女の拒絶によって友人関係を維持している。主人公は別れた恋人とやりなおしたいし、彼女は幼い娘と別居している夫がいるのだ。二人の作る音楽は、一貫して別れたお互いのパートナーを歌っている。
 彼女によって勇気づけられた主人公は、一念発起して別れた恋人のいるロンドンに行くことを決意する。自分の音楽を売り込むことと、別れた恋人とやりなおすためだ。
 移民の女は淋しく思いながらも彼を祝福し、自分も夫を呼び寄せて再出発することにした。主人公が旅立ったあと、移民の女の家にはピアノが届く。それは中古だけれど、主人公からの感謝と愛情のしるしだった。

 アイルランド人にとって、音楽は特別なものではない。苦楽に関わらず生活の場所には常に音楽が存在しており、自分たちが仲間であることを再確認するものである(沖縄と似ているように思う)。なので、主人公が別れた恋人への想いを音楽で吐き出すのは自然なことなのだろう。恋人との別れと母の死が、彼をダブリンの実家に戻した。
 一方、女にとっての音楽は、幸せな頃の象徴だ。かつてオーケストラでヴァイオリン奏者だった父は、手の故障を悲観して自殺してしまった。父が彼女に残したものはピアノの手ほどきだけで、彼女は幼子と母を連れて遠くダブリンまで出稼ぎにやってきた。
 二人に共通するのは、死んだ親と別れたパートナー、そして音楽だ。音楽的に意気投合し、けして音楽だけで生きてはいけないけれど、音楽の存在が二人を慰めて勇気づける。

 主人公はロンドンに行っても音楽的に成功はできないだろうけれど、別れた恋人とはうまくやりなおせるだろう。移民の女は夫と母と4人で幸せな家族になれるだろう。

 私はダブリンに行ったことはないけれど、映画の中の街並はロンドンのそれと似ていると思った。
 移民コミュニティや労働者階級の生活描写も興味深いものだった。フラットに1つしかないTVを見るために近所の人が集まって来たり、英語をほとんど話せない母親など、観光では見えない生活がそこにある。

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コメント (2)

mineri:

あ、私もこの映画じわーっとよかった!!
あの、掃除機ゴロゴロゴローってひきずってでてくるとことか、夢に見た風景のようなデジャブ感がありました^^

:

掃除機ゴロゴロはかわいかったよねぇ。
あっさりとした作りなのに、しんみりとくる映画です。

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2008年5月 2日 11:08に投稿されたエントリーのページです。

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