『チーム・バチスタの栄光』の映画化で話題になっている海堂 尊だが、私がそもそも興味を持ったのは本作と『ブラックペアン1988』の装丁が気になったからだ。
実際に読んだのは『チーム・バチスタの栄光』、『ナイチンゲールの沈黙』に続いて三冊目である。三作とも同一世界であり、時間軸も似たようなものだ。
『バチスタ』は確かに面白かった。主要登場人物の二人のやりとりも、謎とそれに対する伏線も、ドキドキしながら続きを貪り読んだものだ。
だが、『ナイチンゲール』と本作と、なんだか著者のクセが鼻につきはじめてしまった。
著者が登場人物に愛情を注いでいるのはわかる。だからといって、主要人物のほぼ全員がキザな別名を持っているのは不自然で読んでいて萎える。「グチ外来」は面白いネーミングなのでいい。「論理怪獣(ロジカル・モンスター)」、「火喰い鳥」、「氷姫」、「電子猟犬(デジタル・ハウンドドッグ)」、ちょっとのけぞるが我慢しよう。「血まみれヒイラギ」、「アンラッキー・トルネード」、「ミス・ドミノ」、「銀獅子」、「懐刀」、「死の女王」、「生の女神」、「赤い孫悟空」......そろそろ胸焼けがしてくる。他にも思い出せないほどに、いろいろなニックネームが出てきた。
『バチスタ』は合理的で納得がいく展開だったのだが、『ナイチンゲール』と本作は、いずれも後半に超展開が繰り広げられてしまう。超展開と「リアリティの無いニックネーム」によって絵空事な印象ばかりが前面に出てくるのだ。
医療ミステリーを銘打って、現代の医学や医療をモチーフに時に警鐘を鳴らすようなくだりもあるのだから、読んでいて「非現実」が鼻につくと、それだけで白ける。続きを読むのが義務的に感じるようになる。
これが漫画なら違和感が無かったかもしれないのにね。漫画も小説も創作には変わりないのだけれど、片方で許容されて片方で許容されない文法があるのが面白い(そんなことを感じるのは少数派かもしれないけれど)。
ともかく、同じ作者の本を3冊読んだところで、個人的には食傷気味だ。まったく面白くないわけではないのだけれどね。まさしく、英語で言うところの「not my cup of tea」である。
