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Stewartの新しい“パートナー”

 毎週火曜は英語学校の日。

 生徒は私を除いて全員欠席で実質個人レッスンだったので、教科書を進めずにフリーカンバセーションにした。一対一での会話は緊張するけれど、いい練習になるのだ。

 今日の先生はStewart。ハンサムで話し上手な金髪の26歳は、生徒にとても人気がある。ただし、モデルのような外見の彼がゲイだという事実は、その人気と裏腹にあまり知られていない。

 残念ながら、いつ彼が私にカミングアウトしたかは覚えていないのだが、3年前、彼がこの英語学校で教え始めた当初から、私はそれを知っていた。

 以来、他の生徒のいない場所に限って、彼は“恋愛”について話してくれるようになった。タイでStewartを捨てて、18歳のタイ少年に走った年上の英国人の話。駒沢公園の近所で一緒に住んだけれど、Stewartの外見だけしか愛さなかった年下の日本人の話。深夜の六本木でお互いに一目惚れした筈なのに、妻子持ちだった金持ちのアメリカ人の話。彼の話はいつも不憫な結末ばかり。

 今日も最初はW杯の話題だったのに、突然にStewartから切り出した。

「有、聞いてよ。ビッグニュースがあるんだ」
「なあに?」

 すぐに恋愛話だと勘付いたが、話したくてたまらない彼の様相を見て、あえてわからないフリをした。

「新しいパートナーができたんだ!」

 “パートナー”という言い方に、いつもとの違いを感じた。いつもなら“ボーイフレンド”と言うのに、どうやら今度はニュアンスが違う。白い頬をさらに紅潮させて彼は嬉しそうに語る。


 話しは先月にさかのぼる。

 ある週末の深夜、Stewartはいつものように青山のクラブに遊びに行った。そこは英語圏の人間が集まる場所だが、在日の外国人でも知っている人は少ない店だ。階段を降りた地下、メタリックなドアの手前ではセキュリティの意味なのか、店に入る際に全員ゲストブックに記帳させるのが特徴。しかし、なぜか記帳係は当日来ている客が持ち回りでやっている。

「それじゃセキュリティの意味が無いんじゃないの?」 口を挟む私。
「Indeed. 僕も常々そう思ってる」さもありなんとStewart。

 とはいえ、記帳しないと店内に入れないので、Stewartは促されるまま形式的にサインをした。オーストラリア訛の記帳係は焦げ茶色の髪を短めに刈り込んだ白人男性で、スリムなスーツは既に着崩れていた。

「その、胸元がセクシーでさ」 Stewartは思い出してうっとりと目を閉じる。

 ただし、Stewartが最初に凝視したのは記帳係の胸元ではなく、指だった。ペンを差し出した指に細い小枝(twig)を模した銀の指輪がはまっていた。遠目ではわからないが、近くで見ると細い枝が指に巻き付いているように見える。

「ゲイかそうじゃないかって、ゲイにはすぐわかる(twig)んだよ」とStewartがニヤリ。
「じゃあ、そのtwiggy ringの持ち主はゲイだったんだね」私もニヤリ。
「Indeed !」

 すぐに“同族”だとわかったStewartは、指輪の持ち主の顔と体をすかさず観察した。ワーォ、どうしよう、すごくタイプ。声もステキだ。しかしそこでStewartから声をかけるのは、プライドが邪魔をする。「すてきな指輪だね」と、一言誉めて意味深な視線を送るだけにとどめ、すぐに店の中に入ってしまった。

「もう、ドキドキだよ!彼がこっちを見てるかどうか振り向いて確認したかったけど、一生懸命我慢したんだ! もし彼が僕に興味を持ったなら、絶対声をかけてくると思ったから」

 このあたりから、普段のStewartの“やり方”や自信がわかって面白い。なるほど、ゲイを振り向かせられる男なら、女なんてたやすいわけだ。生徒からの人気に納得する。

 しかし、緊張するStewartの心を知ってか知らずか、twiggy ringのオージーは何も行動を起こさなかった。薄暗い照明の中、立ったままグラスを持ってゆったりとリズムを取るStewartを見もしなかった。Stewartは心底がっかりして、ガイジン目当てで来ていた日本人の女達をからかうことで憂さを晴らした。

「その女の子達は迫ってこなかったの?」 下世話な質問をする私。
「相手にしないよ。朝、店を出てすぐにバイバイって言ったら怒ってたけどね。ああいうところで迫ってくる女の子は、相手がゲイかバイかの区別もつかない子ばっかりだ」 Stewartはバイセクシャルではなく、ゲイだ。

 指輪の彼とはそれっきり。また会えるんじゃないかと期待してしまうので、Stewartはしばらくその店には行かなかった。

 そして、先々週の週末。在日ガイジンの誰だかが帰国するので、その店でフェアウェル・パーティーが行われることになった。Stewartも友人経由でそれに招待された。

「帰国するナントカってガイジンは知らないヤツだったけど、その日は妹の誕生日だったし、神の思し召しだと思って、ひさしぶりに行くことにしたんだ。」

 こういうことはよくあることらしい。広い東京とはいえ、在日の外国人はそれぞれにコミュニティを作り、異国での交流を求めている。普段は信仰心など微塵も見せないくせに、突然“神”を持ち出すStewart。妹の誕生日もなにが関係しているのやら。

 パーティーだというので、Stewartはそこそこにドレスアップして出かけた。入口に「Craig SAYONARA Night!!」と小さなボードが出ていた。今日の主賓はCraigというらしい。階段を降りていつものようにゲストブックに記帳。今日の記帳係はさえない小柄なアメリカ人。店の中には知った顔も無く、「つまらなそうだな」と早速後悔しはじめるStewart。こんなことなら、新しいシャツをおろしてくるんじゃかった。

 主賓のCraigはおよそ1時間遅れてやってきた。すでにできあがっているゲスト達が入口に溢れ、そこに阻まれているせいか、なかなか中に入ってこない。

 そのとき、Stewartはオーストラリア訛の英語を耳にした。ようやく店内に入ってきたCraigの指には、細い小枝を模した指輪がはめられていた。

「そう、帰国しちゃうのは彼だったんだ」

 もう会えないかもしれない、そう思っただけでStewartはいつもより積極的にふるまわずにはいられなかった。普段の“追わせるやり方”じゃなくて、自然と“追うやり方”になっていた。新しいシャツを着てきてよかったと思った。

 そして、それから4日後にCraigの帰国便が成田を飛び立つまでの間、二人は文字通り毎日24時間を一緒に過ごした。


「笑っちゃうよね、Craigも最初から僕が気になってたんだよ。僕がツンツンしてるから声かけられなかったって言うんだ。気付いて(twig)なかったのは僕だったんだよ」

 4日間のロマンスで終ってしまうのかと思いきや、二人はそれ以来毎晩Skypeで愛を語り合っていると言う。Craigのワーキングビザはまだまだ失効していないので、7月にまた日本に戻ってくるそうだ。

「今度会ったら、将来のことを一緒に決めようって約束したんだ。家はどうするか、どこの国に住むか、そして、どこで結婚するか」

 Stewartにとって、Craigは初めての同い年の恋人だ。今までは、10歳年上とか10歳年下とかバランスが悪かったんだと彼は言う。「まったく同じ年齢の恋人が、これほどにすてきなパートナーになれるとは知らなかったんだ」。もちろん、年齢だけで関係が決まるわけではないのだが、よほど彼にとって新鮮だったらしい。さかんに「exact same age」を連呼している。

「そんなに好きになっちゃったのなら、Craigが来るまでカウントダウンしなきゃ」
「もちろん二人で毎日数えてるよ! また会えるまで、きっかり37日だよ」
 悪のりで茶化したつもりが、逆にアテられる私。
「彼の全てが最高に僕と合うんだ! 神に感謝するよ」

 幸せそうなStewartを見ていると、こっちまで嬉しくなる。ここ1〜2年、Stewartの辛い恋愛の顛末を聞いてきただけに、なおさらそう思う。彼らが幸せになれますように。

 はにかみながら、Craigのすばらしさを語り続ける彼の指にはtwiggy ringがあった。

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2006年6月13日 23:10に投稿されたエントリーのページです。

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