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『ザ・ファン』

ザ・ファン
(1996年 アメリカ)監督:トニー・スコット

 調べものをしていたら↓このページに迷い込み、面白そうだったのでレンタルしてみた。
http://ya.sakura.ne.jp/~otsukimi/hondat/view/fan.htm
※上記ページはラストまで言及している箇所があるのでネタバレ注意。

 ロバート・デニーロのストーカー役は「ケープ・フィアー」の印象が強いが、あちらが“屈強で怖いもの無し”なイメージだったのに対し、本作ではどこか哀愁ただよう淋しいストーカーになっている。

 ナイフ会社でセールスマンをしている主人公ギル(ロバート・デニーロ)は、成績不振によりクビの危機にある。楽しみは離婚した妻のもとにいる幼い一人息子に野球を教えることと、ジャイアンツを応援すること。特に今期は彼が長年応援していた人気選手ボビー(ウェズリー・スナイプス)が高額で移籍してきたこともあり、応援にも熱が入る。

 そこまでなら、普通の野球好きのオヤジだが、失職や息子へ近寄るなという元妻の警告がきっかけとなり、結果的に心の拠り所はボビーだけになってしまう。しかし、ボビーは自軍のライバル選手に阻まれてスランプ中。ボビーが打つことだけが生き甲斐と化しているギルを裏切るかのように打てないボビー。

 劇中に多くは語られていないが、主人公ギルの父親はナイフ会社の創業者であり優秀なナイフ職人だったようだ。ギルはナイフに対して目利きであるがゆえに、安物で価格競争に勝とうとする会社と対立したことが間接的に失職の理由となっている。「俺だけが本物をわかる」という思い込みは随所で見られ、リトルリーグで練習中に打てない息子を見て「息子が打てないボールを投げるコーチが悪い」と食ってかかるくだりもそれを表している。最終的にその思い込みは応援する野球選手にもあてはまり、「俺の応援するボビーを活躍させない周囲が悪い」となり、彼のストーカー行為はエスカレートしていく。

 ついにギルはボビーのライバル選手を殺害、結果的にボビーはスランプを脱出する。思い込みは「俺のおかげでボビーは打てるようになった」というものに変化する。「ボビーは俺(ファン)に感謝するべきだ」とも。

 ひょんなことからボビーの息子を助けたギルは、ボビー本人の口からファンを否定する言葉を聞いてしまう。かわいさ余って憎さ百倍、ギルは衝動的にある行為に及ぶ。実はこのあたりからドロドロのラストにめがけて映画もダレはじめ、リアリティが欠如する部分が出てくる。最終的には「えぇぇ、そんな終り方なのぉ!!?」と言いたくなるラストで、なんとも置いてきぼり感が強い。

 冒頭で紹介したurlにもあるように、根底には「家族」がテーマになっているようなのだが、それよりもデニーロが突っ走って行く様子ばかりが気になってしまう。ただのファンがどうして選手たち行きつけのバーを知っているのか? どうして簡単にライバル選手を殺せるほど接近できるのか? セキュリティは? 息子の命の恩人とはいえ、どうしてボビーは見ず知らずの人間を自宅でそこまで歓待するのか? 野球は知らないと嘘をついたギルの言動がおかしいことに、どうして最初から気付かないのか? 疑問をあげだすときりがない。映画本編の始まり方や音楽の使い方にはいい部分があったので、そこがせめてもの救い。

 ストーカー・デニーロを味わいたいなら『ケープ・フィアー』、イっちゃってるデニーロなら『タクシー・ドライバー』に限ると再確認した映画だった。デニーロもいい役者なんだから、作品を選んでもらいたいものだ。

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2006年6月23日 23:41に投稿されたエントリーのページです。

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