そして、時には学生達と一緒になって馬鹿な遊びをしたものだった。
実は我が《Aクラス》には代々伝わる畳サイズの鉄板がある。それは焼き肉や焼きそばを作るためのもので、コンクリブロックを積んだ足場に載せてそのまま加熱するのだ。思い出せる限り少なくとも2回は実習室で焼き肉&焼きそばを作って食べたし、貴船の山奥の沢で焼き肉をやったこともある。そういえば、先生たちが音頭をとって、みんなで福井県の若狭湾の民宿まで海の幸を堪能しに行ったこともあった。
実習室は当然ながら火を扱うことを想定されていないので、天井に火災報知器とスプリンクラーが設置されていた。4回生になると、校舎3階の天井の高い実習室を割り当てられるので、それらの警報機関連もとても高い天井にあった。今思うとそこまでして実習室で焼きそばやらんでもという感じだが、男子学生がどこからか脚立を持って来て、それら警報機をビニール袋できっちり密封していた。
繰り返すが畳サイズの鉄板なので、投下される焼きそばの麺も数玉では済まない。推定20玉の麺とそれに相当する肉と野菜を投下すると、鉄板の上はそれはものすごいことになったものだ。つまり、菜箸なんぞでは混ぜられない巨大なそばの塊になってしまうのだ。
そこで我々はどうしたか。これも代々伝わる秘伝のツールを使う。
それは何かといえば、巨大なシャベルだった。
雪かきや、塹壕掘りに使うような大きいやつである。それを両手で持って焼きそばをかき混ぜるのだ。麺が切れるとか不潔とかそんな野暮なことを言う学生はそもそもこの場にいない(四条河原町や北山あたりでオシャレに遊んでいただろう。ちなみにシャベルはきちんと洗って専用のものが用意してあった)。もう、端から焦げはじめているくせに絡まる麺の頑丈さとか、鉄板を熱し続ける巨大コンロとか、熱による上昇気流でグシャグシャと音を立てる天井のビニール袋だとか、誰のものだかわからないフタの空いた缶ビールの山だとか、得体のしれないツマミだとか、なぜか赤ら顔でスケボーに乗ってひっくり返る学生だとか、そういうのが興奮を呼び、意味も無く全員が焼きそばの完成を執拗に今かと待ちこがれていたのだ。
混ぜるのは大変に力が必要で、かつとても疲れるので交代で混ぜた。もちろん私だって混ぜた。急がないとソースが焦げるので、スピードも要求されるのだ。その焼きそばのおいしいことと言ったら!4回生がメインだが下級生も数人混ざっており、もちろんタカ先生もツボ先生もいらして、最高に楽しかったことを覚えている。