朝食はやはりピタブレッドとタラモディップ。おいしい。
朝8時過ぎに家を出発。地下鉄を乗り継いで目指すはPaddington駅。
気温は低く、道路に駐車してあるすべての車の窓に霜がおりている。
童話『くまのパディントン』の舞台として有名な場所だ。
ペルーから密航してきた“くまのぬいぐるみ”のパディントンは
パディントン駅でブラウン夫妻に見つかって引き取られる。
私と母はもちろん正規の切符を買って特急に乗り込む。
日本でいうところの新幹線のような感じだが、
予約席は座席の背上部にその旨を記す札が刺さっている。
パディントン駅始発なので、我々はもちろん自由席で。
母が買った新聞の別冊(日曜版のようなもの)を借りて読む。
愛するジョン・マルコヴィッチのインタビューがあり、興味深く読む。
“ジョンマル”のノーブルな顔と声が大好きだ。
一時間ほど経って、Bath Spa駅に到着。寒いがいい天気だ。
Bathの街は、英語で風呂を意味する“bath”の語源になった街で、
ローマ人が作った温泉による共同浴場がある。
温泉とあなどるなかれ、1700年からビクトリア朝時代には大規模なリゾート地として繁栄した。
最新のファッションに身を包んだ王侯貴族がこぞって訪れ、
お互いに流行の服に身を包み、富を見せびらかし、毎夜豪華なパーティーが開かれた。
また、英国で(おそらく世界で)最初に郵便局が開設したのもこの街だ。
さて、チェックインまでには時間があるが、
荷物を持って歩き回るのはナンセンスなので、
宿泊予定のホテルに行って荷物を預ける。
これは私と母がいつもやる方法だ。ここでチップを少し渡しておけば、
滞在中、スタッフの対応がぐっとよくなる。
そこは駅からすぐのこじんまりしたホテルで、
レストランというよりも小さなバーが併設されているだけのものだ。
古いが清潔で居心地がよさそうで、幸先がいい。
荷物を預けてまずは昼食。
「サリー・アンの家」と呼ばれる、Bathで一番古い家に行く。
そこには500年前の釜戸があり、
今でも当時と同じレシピで“サリー・アン”という名前のパンを焼いている。
ティールームが併設されているので、紅茶と一緒に食べることも可能だ。
我々はサリー・アンを使ったサンドイッチを注文した。
食後に地下から出てきた遺跡を見学することも忘れない。
サリー・アンはフランスからやってきた少女で、本当はソラーンツ・リヨンという。
それが転じてサリー・アンになったのだ。
次に我々が向かったのは西暦43年にローマ人によって作られた浴場跡。
跡とはいえ、なんと今でもローマ人が築いた浴場は湯気をたてて温泉の湯をたたえている。
プールのような温泉の底面には銅板を敷き詰められ、湯が漏れるのをふせいでいる。
その銅板はなんと、ローマ人が設置したそのものだという。
昔の人は偉かった。
浴場の中には、他にもサウナ室や脱衣室、
クールダウンするための冷たい湯船のある部屋など、たくさんの見所がある。
それらはすべて、入り口で貸し出される携帯音声ガイドで説明を聞くことができた。
もちろん日本語で、貸し出しは無料。各国語版が用意されている。
こういった音声ガイドは英国内のあらゆる名所旧跡で設置されていたが、有料だった。
近年それらは無料になってきており、旅行者にはありがたいが、
ガイド達には脅威となっているようだ。
音声ガイドのナレーターはもちろんプロの日本人のアナウンサーだと思われる。
とても聞きやすく、効果音まで入っていて興味深いものだった。
そうそう、Bathの街にはもうひとつ大きな特徴がある。
建築物の外壁に使える石が決まっており、
何百年も前の建物も、新しい建物もすべてがなじんでいる。
教会も商店も、もちろんローマ人の浴場も。
それは街にとても美しい統一感をもたらしており、まるで映画か何かの世界にいるようだった。
その白い石はBath stoneという名前がついている。
Bathは古い街だけあって、主立った見所はすべて歩いていける範囲にある。
東京のように新しい街、すなわち交通網が発達した街ではそうはいかない。
何かの本(確か橋本治の本)にあったように、交通網が発達することで街は巨大化するのだ。
Circusと名付けられた大きな広場に行った。
中央には何十メートルも高さがある巨大な樹が数本そびえたっていた。
広場を囲む建物は円周にそって丸く連なっている。
それらは歴史的建造物でもあるが、今でも実際に使用されている。
ちらっと見たある建物は、美術大学の分室となっていた。
さて、そんなこんなで夕飯の時間。
Bathは今でも小さいながらにおしゃれなブティックやレストランが立ち並ぶ街で
どこで何を食べようか迷ってしまう。
ガーリックのいい匂いが立ち上るイタリアン、
窓から間接照明に照らされた美しいテーブルクロスが見えるフレンチ。
イギリスの食べ物がまずいと言われたのは今は昔、
世界各国からやってきた料理人によるレストランが多数オープンし、
ヨーロッパだけはなくアジアのおいしい料理を楽しめる。
そこで私と母が選んだのはこざっぱりしたタイ料理屋だった。
数年前まではアジア料理といえば中華かインドばかりだったのに、
最近は驚くべきことにタイをはじめとする東南アジアが台頭している。
ロンドンではない、Bathでさえそうだ。
はたしてそのタイ料理屋は安くておいしかった。
ヤムウンセン、カオ・パット・バイ・カパオ、パッタイ、おいしゅうございました。
客層が微妙にゲイのいい男だらけというのもおいしい証拠かもしれない。
さて、食後ホテルに戻ったものの、
飲み足りないという顔の母に連れられてホテルのバーへ。
フットボールに興じる地元の人々に混じってビールを楽しみ、
赤ら顔で就寝したのだった。