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「昨日、ママンが死んだ」と「それは太陽のせいだ」のおかげで 『悲しみよ、こんにちは』や『太陽がいっぱい』と混同していた。 全然違いました。舞台はフランスではなくアルジェリア、主人公は若い男性。
すべてを淡々と眺めて客観的に綴られる一人称は淋しく、 そんな彼を愛してしまったマリイの言動にはとても共感できる。
彼が駄目なわけではなく、基準が違っただけなのかな。 自分が正しいと思わない人間はいない。私だってそう。 感情のありかたや、その表現の仕方は人それぞれだろう。 演技するかしないかも自由。
※ムビ作りの時間はすべて読書に費やされ中。
日時: 2005年7月19日 01:53 | パーマリンク
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