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ビアズリーと私(2)

ビアズリーで一番の思い出はなんといってもロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館(V&A)です。確か、あれは2回目の渡英、20歳の冬です。V&Aはデザインや工芸にまつわるあらゆるものが網羅された美術館で、最初に訪れた頃はもっぱら服飾の部屋“ドレスルーム”にばかり入り浸っていました。私のビアズリー好きを知っている母が一言言ったのです。
「ビアズリーならV&Aのプリンツルーム(版画室)にいっぱいあるわよ」

次の日、早速私はV&Aに出かけました。館内の案内に従ってプリンツルームに向かいます。あれれ、なんだか階段を登って展示室には見えない部屋にたどりつきました。例えればそこは小さめの図書閲覧室といった風情です。

ガラスの扉を開けて入ってすぐに受付がありました。奥には大きいテーブルがいくつも並び、その中のいくつかでは2〜3人がそれぞれ熱心に何かを見ています。太った優しそうな係員が声をかけてくれます。この部屋が一体何をする場所なのかわかりませんが、入り口には確かに「Prints Room」と書かれていました。緊張している私に受付の太った優しそうな初老の男性が声をかけてきました。

「なにかご用ですか?」
「え、えーと。あの、ビアズリー見たいんです。オーブリー・ビアズリー」

今よりもさらにヘタクソな英語知識を総動員して、ガイドの母からここにビアズリーがあると聞いて来たことを伝えました。発音が悪くて「ビアズリー」が通じず「サロメ」や「イエローブック」を例に出して作家のことを説明し、やっと「おぉ、Beardsleyのことだね」とわかってもらえて一安心。

「じゃあ、ここに名前と連絡先を書いて。その机に座って待っててね」

分厚い受け付け帳に緊張して書込む私をよそに、受付氏はにこやかに奥に消えていきました。
待つこと数分、受付氏は大きなワゴンを押してきて私の座っている机の横にぴたりとくっつけました。そしていきなり説明を始めました。

「いいかい。絵を持つ時は必ず両手で持つこと。そして見たらこのように隣に重ねて置くこと。そうそう、そんな感じに。では、ごゆっくり」

なんと、ワゴンには厚紙にマウントされた100年前のビアズリーの版画や原画が山積みになっており、私はそれを直接手にとって見ることができるというのです!
この時の感動はどれほどだったでしょうか。自分のペースで手にとって、至近距離で穴のあくほど堪能できる、それは大好きなビアズリーの世界に一枚しかない原画だったり、稀少な版画だったりするのです! もちろん、時間制限なんてありません。好きなだけ眺めていいのです。日本で、特に東京でビアズリーの展覧会が行われると必ずといっていいほど、そこは人でごったがえしています。上京してすぐ見に行ったビアズリー展でまるで絵を楽しめない芋洗い状態に激しく幻滅した私は、それ以降ビアズリーが来ても見に行く気も起きませんでした。それが今、ここでは独り占めに楽しむことができるのです!

どれぐらいそこにいたのかは覚えていませんが、たくさんあったそれらの作品を見終ってから再度二周して見たことだけ覚えています。原画には、図録では見えない鉛筆のかすかな跡があり、ビアズリーがどの線を作る時に悩んで苦労したのか、どの線を一発で決めたのかがよくわかります。寒い日でしたが、プリンツルームの中はセントラルヒーティングで暖かく、私は感動のあまり汗ばむほどでした。
お腹いっぱいビアズリーを堪能し、受付氏に挨拶をして帰ります。

「ビアズリーは楽しめたかい?」
「はい!とても良かったです」
「また、ビアズリーに会いにおいで」

ほくほくと地下鉄に乗って母の家に帰りつきました。夕食の間中、母にビアズリーの感動を話し続けたことは言う間でもありません。

母が日本に来る時に誕生日プレゼントとして100年前のビアズリーの版画をプレゼントしてくれたのはそれから間もなくのことでした。その版画は今でもすぐに眺められる場所にかけてあり、私の宝物のひとつとなっています。

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2005年1月25日 07:22に投稿されたエントリーのページです。

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