高校の先輩で友達の某氏が手術・入院していると聞いたのでお見舞いに行ってきた。手術もしていたらしく心配だったが、外出許可をもらって散歩するほどに回復しており安心。退院の目処も立ちそうで嬉しいかぎり。
さて、この某氏の長年の相方は70歳のスイス人のじいちゃんです。じいちゃんは画家で世界各国で作品を作ったり見せたり売ったりして放浪の旅をしている。妻帯者だが、老若男女関係なく恋する人だったりして面白い。私も某氏に紹介してもらって8年ぐらい前にお友達になりました。じいちゃんはいつも世界中を飛び回りつつ、日本にも年イチぐらいでやってきて某氏の家に長期滞在している。今回の入院に際しても、じいちゃんは甲斐甲斐しく洗濯したり見舞ったりと某氏の世話女房となっている。
実は某氏に会うのも一年ぶりぐらいで、じいちゃんに会うのもすごく久しぶり。じいちゃんは日本語話せないので、3人の会話は英語でおこなう。じいちゃんは、私の英語が上達したとすごく誉めてくれるので、なんだか私も嬉しくなった。
そういや、英語学校に通うきっかけのひとつがこのじいちゃんだったことを思い出す。8年前に某氏の家で初めてじいちゃんに会った時、自分なりの英語を総動員して話してもうまく意志の疎通ができず悔しかったことも、今の英語への意欲の原動力となっている。
じいちゃんは芸術家なのでアートについて表現について面白い会話をしようと試みてくれるのに、私の英語力が及ばず尻切れトンボになってしまうもどかしさ。なんとなく、こういう話題をしてるんだなとわかるけど、自分の意見をうまく表現できない苛立ち。世間知らずの美大生だった私にとって、それはとても魅力的なのに参加できないはがゆい邂逅として今も覚えている。
病院からの帰り道、バス〜電車と同じ路線なので、じいちゃんと二人で30分ぐらいおしゃべりしながら移動した。じいちゃんはに漫画のネタをどこから思いつくのか質問されたり、「男が働き女が家事をする常識は変るべきだ」というじいちゃんの考えの根拠を聞いたり、芸術家に必要なのは金ではなく創る喜びだと言ってもらったり、動物園の年老いた象の存在は詩的だとか……。日本語では恥ずかしくて公衆の面前では言えないようなマジな話題をたどたどしく楽しんだ。
少しは上達したとはいえ、今日もじいちゃんの言ってたことを100%理解できたわけではないけれど、じいちゃんは今までで一番喜んでくれて、私も楽しくて、徹夜明けだったけど気持ちいい快晴の午後でした。